音楽

2015年5月13日 (水)

明日14日は西荻アパレシーダで宅シューミー朱美(ボーカル)君と夢ボッサ

自分の好きなボサノバは軽快なテンポのものよりはテンポのゆったりしたスローバラードなボサノバ。

昔セルジオメンデスの一枚のLPレコードには2曲くらいそんなスローボッサが入っていました。

素敵なストリングスのアレンジにも心惹かれて何回も聴いたものです。

ゆっくりしたテンポの中で感じる細かいニャアンス、空間、音色、和声の動き、夢感覚、恋愛感覚、詩的感覚、などが好きなのです。

そして静寂感。

静寂感はまだ絵の描かれていない白いギャンパス。

自分の心も静寂感に包まれながら内側に向かい自分の守っている大切な聖域に向き合いながらギターを弾く感じです。

このデュオでのバラードやスローボッサはそんな感覚で集中するのがヤリガイ。

静寂感覚は穏やかで優しい海の中にいる感覚です。

そこにはザワザワした心の揺れはなくて安心感があり何もない感じ。

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2015年5月 3日 (日)

5月3日(日)は東中野のセロニアスでトランペットの類家君と昼の2時からインプロ

さて!どうなることやら?

未知未来!
未知未来!

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2015年5月 1日 (金)

5月2日(土)はナッテルハウスで宅シューミー朱美(歌)君との夢デュオ

海の中の穏やかな静けさと優しさ。

時間がゆっくり過ぎ行く中でひたすら音に集中する。

心はざわつかず微動だにしない。

静かにギターを奏で始める。

音のない静寂な空間はこれから絵を描く時の真っ白なキャンパスと同じ。

そして歌が始まる。

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2015年1月22日 (木)

最新ニュース(2)

2年前の心臓手術以降1年数ヵ月がたち弱い心臓と共に生きている感覚の中でゆっくりとモチベーションが回復してきました。

演奏だけなら手術後10日目からモチベーションもエネルギーも全開でしたが精神的にポジティブなエネルギーが完全に戻るのはゆっくりで75パーセントまで回復してきた気がしています。

今年になって1年半中断していた絵を描くことも再開しチラシなども自分で作る気力が戻りました。

ライブもリーダーバージョンでとっていたのはソロくらいでしたがいよいよ自分から動く気力が沸いてきました。

2月3日阿佐ヶ谷 イエロービジョン
レンカ(舞踏)
加藤崇之(ギター)

それと、還暦ソロと題して
2月4日は西荻クラップクラップにてエレクトリックギターソロ
0353702381

2月15日は国立の奏にてガットギターソロをやります。
0425741569

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2014年3月21日 (金)

4月の加藤ニュース

4月中に去年甲府の桜座でやったライブペインティングとインプロトリオのDVDが発売になります。

メンバー
加藤崇之(Painting.G)
坂口光央(Key)
山本達久(Dr)

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2014年3月20日 (木)

嬉しいじゃないの

ナッテルでベースの瀬尾くん企画のライブだった。

チューバの高岡とも久しぶり。

二人とも進化していて成長まっさかり。

音の共存や音のやり取りに充実感を感じて楽しいインプロだった。

最近、気圧の変化を感じて少し気分がモヤッとしてきていたから彼らとライブできてスッキリした。

自分も少しは進化成長しているかな?

縁あって出会って演奏する。
何年もたってから再び共演。
そのつど音を感じ合いながらお互いの進化や成長を確認し合うとともに今を感じ合う。

嬉しいじゃないの!
ありがたいことです。

家に帰りフェイスブックを見ていたら不破がアップしていた昔の渋さのユーチュウブが目にとまったから見てみた。

おーっ、なんと懐かしいことよ!

みな若い!みな素敵じゃないの!

渋さの皆と楽しい時間を共有できてよかったなと思った。

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2014年3月17日 (月)

今年の亀山音楽スクール発表会

なんといっても子供のピアノと共演するのは楽しい。
童謡で小さい子に純心で無垢なピアノを弾かれると、なんか心洗われてきて心ときめいて燃えてくるのだ。

子供の可愛すぎる合唱にまたもやクネクネになり自分の後ろで子供が叩くドラムもなんかドシャバタしてるんだけどいいから一生懸命やりたくなってしまう。

今年も童謡体験にJポップ体験といつにない新鮮な体験日になった。

しかしジャズの懐かしい曲やらロックやらJポップなど慣れていないポップな曲は自分には難しいから余裕なんてないけどいつもやっていないから楽しいのだ。

今回初めてやるピアノの小谷さん。めったにやらないベースの桜井君。たまにしかやらないドラムの亀山さん。

基本的にジャズミュージシャンは皆さんジャズという国の同じ学校の人みたいな感覚が昔からあって心嬉しいものがある。

飾らない亀山夫婦のやる発表会は毎年和みます。

亀山夫婦様、暖かい時間をありがとうございました。

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やはり夜中はやる気全開

夜中はやはりギターを弾きたくなる。

ポンセを数曲弾いてから久しぶりにコスト43のエチュ−ドを弾きたくなった。

「やるぞっ」という気合いスイッチがオン。
弾いているうちに43曲全部を弾きたくなってしまった。
途中で止めようとも思ったが止められそうにない。

気づくと1時過ぎから弾き始めて全部弾き終えるまで3時間近くかかってしまった。

アチャーっ、目がグルグルだあ。

目がチカレタ〜

ビール飲んで一息して寝るかいな。

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2014年3月10日 (月)

あーっ、藤村さん

今朝がた、ピットインの藤村さんが亡くなったことを知りました。

藤村さんが癌の治療をしながらそれでもピットインに働きに来ていたのは知っていましたが、こうして悲報を聞いて残念でなりません。

藤村さんは僕にとってこの世界では先輩でした。

40年前、19才で新宿ピットインに出演し始めた頃、藤村さんはすでにピットインで働いていました。
当時ピットインで働く従業員の人は自分にとっては皆さん先輩であり、いい演奏ができなかった時は彼らに申し訳なくてうつ向いていたり気落ちして挨拶すらできずに帰ったり。

最初自分はそんなでした。
そんな中で昔から今も変わらず優しく接してくれたのが藤村さんでした。

幾度も藤村さんに演奏を誉められて救われた気持ちになったり自信を取り戻したりもしました。

ある日、藤村さんに私の藤村さんに対する思いを伝えました。

ミュージシャンの気持ちを考えた丁寧な音響に感謝していることやいつまでも自分の中では初心のままで藤村さんが先輩であるということを伝えると、そのたびにミュージシャンを持ち上げる謙虚な返事が帰ってきました。

ある日藤村さんに「いつ頃のピットインが思いで深くて好きですか」と聞くと「渡辺貞夫グループが出演していた頃」という返事が返ってきました。
同じ世代の自分にはその意味と彼がピットインで働き続ける原点となっていたあの頃の熱いジャズのことがすぐに理解できました。

あの頃の新宿とあの時代のエネルギー。新宿ピットインでアメリカから帰国した渡辺貞夫さんを筆頭に新たに進化し始めた日本のハートフルジャズ。

その顔は嬉しそうで藤村さんから熱い青春の思いを感じたのを覚えています。

よくキャリアをつんでいくといつのまにか勝手に偉くなったような気になって偉そうな言動や振る舞いをしだす人もいます。

しかし藤村さんは昔から終始変わらず物腰が低く何を話しかけても優しくて謙虚な答えが返ってきました。

これはなかなか真似できることではありません。
その都度偉いなあと思い
その人間の在り方を大したものだと心から尊敬していました。

新宿ピットインでの自分のギターを音響という立場から40年間支えてくれ聴いてくれた藤村さんが亡くなったのは正直言って悲しいです。

心より御冥福を祈ります。

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最近、菊地潔というピアニストが亡くなった

まず心から彼の冥福を祈ります。

おそらく彼のことを知る人は少ないだろう。
自分の中ではとにかく素晴らしいピアニストだったのだ。

彼と出会ったのは中野ピグノウズでインプロセッションをし始めた頃だから2年ほど前だった。

とにかく群を抜いていた。

タッチ、音のクリアーさ、スピード感、そして尽きることのない表現衝動。そして演奏中は衝動に任せて止まらないらしくムダな事も考えていなそうだった。

彼がピアノを弾き始めて細かいパルスでの音をつめる表現に向かうとその衝動はもう止まらないから参加した誰もがついて行けなかった。

インプロにおいて彼の表現スタイルははっきりしていたために様々なスタイルの参加者とセッションをするとあまりに独壇場になっていた。

つまり彼の場合は徹底的にやる続けるフリージャズ的なアプローチに私は感じたのだ。
その場合は優しいだの温かいだの面白いだの言っていられなくなるくらい認めていい素晴らしい表現もあると思うのだ。

それで私は彼に「それだけ弾けるし自分のやり方で突っ走るだけならリーダーでやるかソロでやればいいしいろいろなレベルの人が参加するセッションにはもう来る必要もないと思う」と言ったのだった。

三回ほど参加して彼はセッションに来なくなっていた。

惚れたピアニストだからそれ以後は彼のことが何処でどうしているのか気になっていた。

その後いろいろわかったのは、彼には参加したCDもあり昔はサックスの菊地ナルヨシ君とも活動してた時期もあったりジャミンでインプロのセッションのリーダーもしていたり。

彼を知るジャズミュージシャンの中には彼の演奏に温かさ優しさ面白さがまだ欠けていると言う人もいたが彼は人間味を大切にしがちなジャズにありがちな価値観とは違う次元で表現していたはずだ。

様々な価値観とはどれも一長一短でどれも言ってみれば正解でもあり違う角度から見れば逆転する。

ヨーロッパなら彼は即座に絶賛されるピアニストだったと思う。

しかも成長する姿勢において謙虚だった彼の中では今からジャズの価値観であるヒューマンな魅力も育ち始めていたようだった。

私は彼を故人であるギターの高柳さんが生きていたら是非紹介したかったし高柳さんとずっと共演してきたベースの井野さんやドラムの山崎さんにも紹介したかった。

慎んで菊地君の御冥福を祈ります!

菊地潔君ありがとう!

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