心と体

2014年3月 6日 (木)

幸せの裏側で涙する

日本という国で自分らの多くはまだまだ幸せな毎日を過ごさせてもらっている。

フェイスブックでは世界で今起きている悲惨な現状を知ることができ数々の政治問題に対する呼び掛けを目にしたり絵画や写真など素敵なアートも楽しめる。
そうかと思えば楽しかったり幸せな光景などの幸せ発表会というか幸せ合戦に感じることもある。

フェイスブックでは、こうしてありとあらゆる情報を見たり得ることもできるし不意に目にしたり。

これは楽しくもあるが時に刺激も強いし滅入ることもあり日々考えさせられるのだ。
そしてフェイスブックは学ぶ事も多いい。

自分はブログを中心にフェイスブックとかかわってはいるが、常に思うのは楽しい人の陰には楽しくない人がいる。
幸せな人の陰には幸せでない人がいる。
笑っている人の陰では泣いている人がいる。
上手くいっている人の陰では上手くいっていない人がいる。
そして心傷ついている人もいる。

そんなことを思ってしまうから自分は楽しかったことや幸せだったことをブログに書いたりもするが、いつでもそうする気にはなれないでいる。

自分は幸運にしていまだにライブハウスには多く出演できている幸せな身の上ではあるが、音楽を含め様々なアーティストの世界では実力がありながらいろいろな理由でなかなかライブハウスに出られなかったり商売上手な人の影で引いてしまう人もいたり他人の容赦ない自己宣伝を見て引いてしまう人もいたり。

今回、自分は楽しい猫の写真を嬉しい気持ちでアップ。
その直後に子供の視線から見た戦争の映像を見て涙して考えさせられる。

知ること感じることは臭いものに蓋をしないことは時に難しくもあるが、人が忘れてはならない大切なことだと思う。

フェイスブックなどでの沢山の人のあらゆる種類の素直な表現はかけがえのないことだと思うが、僕らはこれでよいのだろうか?と日々思わずにはいられない。

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2014年2月18日 (火)

自分に必要なこと

生まれてから中学2年までは平屋で簡素な都営住宅に住んでいた。

当時の都営住宅は一軒一軒に庭があり垣根で区切られていて各々の家族がいろいろな植物を植えていた。

柿の木、桃の木、イチジクの木、梅の木、モミジの木、椿、山吹、ツツジ、沈丁花、山椒の木などが植えられていて四季を感じたりそれらの木々が違和感なく身近で自分の遊び相手でもあり一体な感覚だった。

トイレの脇にはリュウノヒゲやミヤマスズランが植えられていたり春になるとミョウガやフキノトウなどが芽を出したりチューリップ、ヒヤシンス、スイセンなどの球根も植えて春を楽しんでいた。

都営住宅ごときの小さな庭ではあるが、そこには小さな宇宙があり植物と共に生きる喜びもある。

成長するにつけ贅沢を覚え欲望過多にもなり魂が無駄に飢えたり心渇いたりするようにもなるが、この庭には自然とつながることによって得ることのできるシンプルではあるが大切な幸せがあった。

これは優しい気持ちで満たされると言ったらいいのかもしれない。

心の最初の部分ではいろいろな植物とシンプルにつながっていて妖精の存在を感じていたりそこを訪れる鳥や虫たちに感動したりいとおしさを感じていた。

この感覚を忘れないようにしたい。

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2014年1月21日 (火)

最近

禁煙が1年以上続いたから少しは自分を誉めたい。

演奏前にビールを飲まなくても演奏できるようになったから、これに関しても自分を誉めよう。

健全な癖が身に付いた。ワイワイ!

心臓と肺が原因でやむにやまれずではあったが、まずはよくやった!

なわけで術後3ヶ月以上たったらよいという条件付きで医者からいろいろストップをかけられていた事を解禁。

まず去年の暮れから食事時に我慢していたビールやワインを復活。

ストレッチや運動も再開。

ゆっくり鍛えるぞっ!

ライブに関しても3ヶ月たってからがいいと言われていたが術後二週間で再開していた。

こればかりは「許してください!まっ、いいか」。

最近はギターを弾いていると以前より嬉しくて燃えてくる感じで心臓が弱いから気をつけて楽に演奏しようなどとはちーとも思わない。

むしろ以前よりいっそう演奏に夢中になるし弾きまくりたいしこのまま死んでもいいという思いがよぎるくらいギターを弾いているとグワッと燃えてきて嬉しかったり異常なくらい真剣に集中することもある。

だから演奏中に心臓が「ウッ!」となって少し悲鳴を上げそうになったりもするけど、以前よりもっと心ゆくまで音楽に夢中になっている喜びがある!

「皆さん、すいませんがお先に夢中になって楽しんで喜んでいます」といった感じなのだ。

ライブは自分にとって大事で貴重な時間だと思うとその瞬間にギターを弾くことに心から集中して夢中になって燃えていなかったらつまらない。

まあ、肩の力を抜いたほぐれた演奏もしたいしできたらよいのだが、とにかくギターを弾くとき音楽に夢中でいれたら幸せだっ。

昨日は珍しくギターの津村から電話があった。

彼は私と同じでアケタの店を拠点にベースの是安とずっと一緒にやっていた愛すべきギタリストなのだ。
だから僕からするとアケタの店に長年出演し続けて頑張ってきた同僚みたいな感覚がどこかにある。

今は入院して治療中だそうで声がかれていたようだった。

声を聞けて嬉しかった!

よくなって復活して元気な姿を見せてほしいと思う。
熱い津村のギター。
皆の前で弾きまくってほしい!

なんやかんや言ってギター弾きはギターを弾いている時が一番幸せなはずだ!

津村の復帰を心から願ってます。

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2013年10月 1日 (火)

たくさんのメッセージありがとうございました

うーん、退院。
ホッ!

向かいで寝てた人も今日退院というわけで別れの挨拶。
「お互いに再びここに来ることがないといいですね」。「えーっ、ホントですねっ」。
「ではまた」。

二人ともほぐれた表情でニコニコ顔になれた。

そしてちょっとした戦友。

もし彼に声をかけていなかったらこの気分さわやかなお別れトークもなかった。

実はこのささいな事が自分にはこの1週間の中で一番の収穫。

挨拶するまでは暗い表情に見えた向かいの人の笑顔の中に他人に心を許したからこそ見てとれる優しさを感じて嬉しかった。

もしかしたら自分だって挨拶するまでは堅苦しい表情だったと思う。

四人部屋の室内の作りからも挨拶しないでこの入院を終えることだってできたし実際二人ともあとの同室の二人とは挨拶したり会話すらしていないのだ。

こんな些細な事でも自分は嬉しかった。

そして長い時間の手術や手術中の痛みに関しては一か八か勇気を持って博打を打った先生を称えたいし今回の痛み体験は貴重な経験だと思っている。

そして手術後に気楽な会話をし始めた看護師君達には最初少しだけ驚いたが、むしろ自分もその会話の輪に入りたかったくらいだ。

結果として私はこの一連の事に感謝しているし逆にここ1年と入院手術を面白おかしく思い出せばチャップリンの映画みたいだ!。

などとまことに自分勝手ながら自業自得な自分のアホさかげんを笑うしかない。

家に帰ってようやくパソコンを開きました。

24日以降のブログに対するたくさんのメッセージに心より感謝いたします。

とってもありがとう!

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2013年9月29日 (日)

私の心臓カテーテル手術

手術は七時間くらいかかり予想よりはるかに長引いたものだった。

私の不整脈は三種類あって二度にわけてやるとも言われていた手術を私が若いから一度でいけると判断したのとついでにそれ以外の不整脈もこの際全部退治してしまえということで時間がかかったのだ。

しかし途中で麻酔の効き目が弱まってきてからは
恐ろしく痛かった。

これは不整脈の原因となっている血管を熱照射する時の痛みで熱く痛く苦しいという感じて今まで経験したことのないほどの苦痛だった。

一度に20秒くらいの熱照射を何回もくり返すのだが、もしこれが30秒なら明らかに気絶していた。

何度か「痛すぎる!参った!もうヤバイ!」などと声をだして訴えていたが、その都度「すみませんがもう少し我慢してください」と言われて耐えるしかなかった。

痲酔は治療上の理由があって追加しなかったそうだ。

息も絶え絶えになり苦しいから大きい呼吸をしようとすると「今大切な作業をしていますからゆっくり静かに呼吸してください」と言われてしまい
ホトホト参った。

思い出すと途中の数時間は痲酔で意識がなかったが最後の数時間?は意識がハッキリしていて痛みも感じていて厳しかった。

ようやく手術が終わるとあお向けで寝ている私の上で若い医者?か看護師?が四人ほど器具を外したり後片付けをし出した。
手術の緊張から開放されたせいか彼らは学生同志のような気楽な会話をしている。

まるで下に寝ている私がただの物体であるかのようだ。
聞いていて「おいおい、こっちは長い手術でしかも痛みにこらえてホトホト参っているのに君達お気楽すぎじゃないの?」と思ったが、彼らのたわいもない楽しげな会話を聞いているうちに「やっと手術が終わったんだ」とホッとした気分になっていた。

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2013年9月25日 (水)

夜中の四人部屋

病室は四人部屋で私以外はどうやらかなり年輩の方のようだ。

夜中に一人の方が独り言?のように話はじめた。

「おーい、誰かいないのか?いたら返事してくれ」。

何度も何度も言っているからさすがに起きていた私は「いますよ、大丈夫ですか?」と声をかけてみたがどうも反応がない。

後の人は寝てるかシカトなのか?

その人が何度も独り言のように語りかけたり喋っているとついに隣の人が「夜中にうるさいゾッ!」と怒りをあらわにして怒鳴った。

しばらくしてまた「誰かいませんか?」の独り言が始まると隣の人はついにブザーを押して夜勤の看護婦さんを呼びつける。
「おいっ、夜中なんだから静かにさせろっ!」。

うっ、初日から物騒な。

その人をなだめている看護婦さんとの会話からするとその方は明日か明後日に手術らしい。

う〜ん、一人一人の人生を感じる!

寂しいのかな?
につまっていて甘える相手もいなくてつまらないのかな?

晩飯時は奥さんらしき人が来ていてその人には素直に話していた。

夜中なのにじわっと感じて考えさせられる四人部屋初日だ。

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じたばた雑感

病院の正面玄関を入ると縦が10メートルくらいはあろうかと思える巨大な全身像の人物画が目に入る。

見ると一人がピポクラテスでもう一人がナイチンゲール。

絵の上にはラブアンドケアフォーオールという字があり訪問した人に安らぎを与えているようで二人の人物画が神様のように見えてくる。

なぜかわからないが自分にはその神様のように見える絵が「天国はよいところで死ぬのは恐くないから安心しなされ」。もしくは「ここに来たら安心して死んでくだされ大丈夫ですから」と言われているようでなんだか気持ちが楽になるような不思議な気分にかられる。

今日明日は手術もないので大病院の中を散歩したり売店に行ったりドトールでコーヒーをなどと思っていたが、甘かった!

病室に入室直後から点滴。
手術後まで器具もつけたままで病室の階以外は何処にも行けないことが判明。

しかし嬉しい想定外もあるもんで担当の看護婦さんはとっても可愛らしかったのだ。
何人かの人からは「きっと看護婦さんが可愛くて楽しい入院生活ですよ」などと言われてもいたが、これは自分の予想をはるかに越えていた。

ドヒヤハ!

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2013年9月24日 (火)

なわけでつれづれ雑記

今日から入院なので前の日の晩は帰りにロウソンでちゃんとしたビールを買ってきて年内最後のビールナイト。

コレヤス悪いなっ、マイ心臓には悪いけど薬飲んでるせいでビール飲んでもそうひどくはならないしまだアル中でもないしビール飲んじゃうからさ。

でも演奏前のタバコもビールもやらなくなったから許してちょっかい。

昨日は国分寺でコレヤス追悼夢デュオ。
弾いていてまたほんの少しコレヤスのタイム感や歌い口が見えたようなわかったような気がした。

人生、よき出会いにはつくづく感謝だっ。

数日前の桜座はタンゴ初夜。

演奏前のリハではなすすべがなく帰ろうかと思ったくらいだったけど皆のおかげで楽しく終われてホッ!

ミユキタンゴのミユキさん、なかなか気合いの入った涙もろい素敵な人だった。
リマやビアノの山口も好きなタンゴを題材に新しい景色を見ようとしてチャレンジしていて好感度アップ。
一人でタンゴに挑んでいるギターの鈴木イチロウにも助けられたしサヤカさんのタンゴダンスもようやく見れて感激した。

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2011年4月22日 (金)

なんだか体力がついてきた。

地震以来
経済的な理由、資源節約、この歳からだけど体力気力健康の回復を考えて毎日歩いたり仕事は電車で行くようにしていた。

ここ一ヶ月間けっこう歩く量が増えたおかげで体力がついてきたような?

だからなんだか元気印!

プラスエネルギーが増大中なのだ。

車じゃないから終電の時間が少し気になるくらいで開放感がアップ。
ビールも心おきなく飲めてリラックス感もそれまでとは違う。

春とはいえ震災や原発の事もあり、被災者の事を思うといつもの年ほど嬉しワクワクとはいかないまでも、僕らが明日に向かっていいエネルギーを発して明るくなきゃ!と思う今日この頃。

非力なバンドマンだってよき未来のためにネバーギブアップだっ!


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2007年12月22日 (土)

岐路

生徒の中には大学生でそろそろ卒業だの就職だの、岐路に立たされ思い悩む輩が現れる。

一般的に敷かれたレールには必ず訪れる区切りの時期ではあるが、なにも二十歳になったから大人というわけでもないし大学四年だから区切りの年というのも考えてみればおかしな事だ。

人生の岐路とか区切りなどという感覚や考えや意識は自分自身の主体性で自由に決めていいはずである。それがこそが真の主体的自由ではないか。

お国から決められたレールや区切りの中で生きていないつもりでも、こうして悩み出すのは、やはり枠やレールの中かその上で生きているとも言える。人間は音楽でも言えるが、とかく着地点を捜したがるか行きたがるか頼りたくなるか帰りたくなる傾向がある。

プロのミュージシャンになる連中はどうだろう?
人それぞれだとも思うが、自分の場合は迷いがなかったのである。
中学三年の時にプロのギタリストになる決意が天命のごとく固まっていたせいもあるが、かなり抜けていたか社会性や常識に欠けていたと思われる。

岐路を感じ出した悩み多き迷走中の生徒の心情も解らないではないがスパッと行こうぜ!
国や社会、大人だと思い込んでいる輩が勝手に信じていたり思い込んでいたり決めたような幻のレールや人生設定に捕われるなかれ!
グッドラック!ライドオン!

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