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2015年6月

2015年6月29日 (月)

亡くなった津村のこと

二十代の頃に津村やベースの是安(故人)と出会いました。

当時私は有名なグループを渡り歩いていていつのまにかストレスやプレッシャーの中で心が閉じかけていて多少自分を守るようになっていたり同世代の仲間と無邪気に過ごすことも忘れかけていたのです。

彼らはなんて無邪気で楽しそうなんだろう。
当時の私にはそんなふうに見えました。

津村と是安のジャレ合っているさまを見て羨ましかったのを思い出します。

僕もそうなれるかな?

彼らは無邪気に接してくれました。

今にして思えば二人の人柄が無邪気で心優しかったのです。

彼らの出ているアケタの店に私も頻繁に出演するようになると、少しづつ心が開放されていきノビノビと演奏できるようになっていきました。

アケタの店では私ができない時は津村、津村ができない時は私、とかいろいろ共通のミュージシャンのグループでやったり米木さんのグループでは津村と2ギターだったりもしました。
つい最近だとパーカッションの今村さんのグループが私の後に秋山で津村だったり。
津村とは少しだけライバル関係だったかもしれません。

アケタズディスクから1998年のオマさんのCDが出ていますが最初は店の推薦で津村が参加するはずでした。

数ヵ月すると私がやるはめになり津村がやることになってよかったなと思っていた私は精神的に困惑した覚えがあります。

自分としてはずっと頑張っていた津村にやってほしかったのです。

だから津村はインプロをたくさんやるようになるまでは私の音楽人生で長年一番近い場所に存在し続けたギタリストじゃないかと思います。

同業者として津村の音からは優しさと素直さ無邪気さ、それにネバーギブアップの心意気やストレートで熱い音楽愛を感じていました。

あの音の中にただ熱いだけでなく彼のギター人生におけるいろいろな思いが詰まっているとも感じていました。

みな人に言わずともいろいろな思いをして生きている。
時には落ち込んだり悔しかったりもあったと思うんです。

それをあの素晴らしい人柄でカバーしながら一所懸命やってきたんだと思います。

素直さや無邪気さネバーギブアップの心や勇気を近くで伝えてくれた同世代の津村には心から感謝します。

あらためて
冥福を祈ります!

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2015年6月25日 (木)

な感じだっ(2)

最近はライブをやっていると長年フリーやインプロをやってきてよかったなと感じる時がある。

25年以上前だとこっちもまだまだ実験盛りで手探り状態だしなにかと戦ってばかり。
それを受け入れてくれる場所やミュージシャンも限られていたし好きな答えを持っているミュージシャンも少なかった。

今は自分が少しは成長したせいもあるかもしれないけど、時代がようやくそうなったのかやれる場所は増えたしやれる相手も増えたし好きな答えを持っていて返してくるミュージシャンも増えたと感じます。

最近はそんな状態を嬉しく感じたり長年やってきてよかったなと思うことがあります。

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今日は、な感じだ!

6月もあと数日。

決まっているライブをトライベストしているけど
自分でこのくらいならトライベストだろうと感じてもそれに甘んじていたくはない。

世の中は広く同じような場所でばかり生きていると知らず知らずうちに井の中の蛙状態ということもある。

集まる人も顔見知りばかり。一緒に演奏する仲間も勝手知ったる面々ばかり。

気がついたら仲間内の寄り合いじょたい内で何年も演奏ということになりかねない。

たまには気を引き締めてモアモアトライベスト!

言える時にはできるだけ本音トーク。
ただ言うだけでなくいろんな意見にも耳をかたむけたい。

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2015年6月23日 (火)

うーっ

うーっ
でかい蛾がおった!

東村山はまだ雑木林もあってクワガタ、カブトムシ、カミキリ、玉虫、いろいろな虫があらわれます。

ドッキリざんす。

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2015年6月18日 (木)

惜しいです

ギタリスト同士はお互いの音楽性や個性を認めあっていたり尊重していたりするものです。

自分の至らないところは素直に自覚しつつ謙虚に努力し続けてもいます。

そこにミュージシャンとしての生活と人としての生活がありその人の音楽がある。

ギタリスト同士はお互いを暖かい気持ちで長年見守っています。

少なくとも私はそうです。

津村和彦君が亡くなったことは早すぎるし悲しくて悔やまれます。

つつしんでご冥福を祈ります。

合掌!

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2015年6月17日 (水)

こんな時はコルトレーン

悲報あり!
悲しくて無念!

ホットミュージックスクールのサロンではスピーカーからジョンコルトレーンのサックスが唸りをあげエルビンの太鼓がドカスカいっている。

コルトレーンジャズにひたりたくて音を少し大きくしてもらった。

こんな時はジョンコルトレーンだっ!

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演奏を聴いた人の好き勝手な感想と意見に

これはありがたいことだし聴いてくれた人との会話からいろいろ学ぶことや気づくこともたくさんあります。

ただし
感じるのも自由だし言うのも自由だとしても失礼に感じる時やそれはここで言わなくてもいいのでは?と感じる時もある。

意見を言うことによっていたらなさや見識の浅さなどを露呈していることもあるから言えばいいってもんでもないと思う。

よく
ピッタリ合っているような演奏より共演者の個性や演奏の違いやチグハグさを喜んでいる人もいるが、たしかに面白いかもしれないが合わなくても実は苦しかったり困っても困らないで頑張ってやっていることもよくある。
相手のやることが感知できなかったり解らなくても気にしないで垂れ流し的に無駄な音をだし続けていたり流についていけてない時もある。

弾けるという行為や暴挙に近い演奏も見た目にとらわれやすいし無理があることもよくあるからいつもそれがいいとはかぎらない。

ピッタリ合うというのは
音の理解や感性の通じあい、テレパシーの調子いい状態、お互いを尊重していたり時には長年鍛えてきた結果だからある意味では奇跡が起きているとかようやく実ったみたいな共演者同士の関係では嬉しい貴重な状態だったりします。

すぐ思ったことを意見するのは簡単だけど言えばいいってもんでもないと思う。

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インプロ4連チャン

違うバージョンでのインプロ4連チャンはなかなか充実した。

こうしてソロだけでなくいろいろな人と充実してやれるのも長年やり続けてきたからこそな気がする。

インプロをやる人もやれる場所も増えたし理解を示すリスナーやミュージシャンも増えました。

フリージャズやインプロを昔やり始めたミュージックも長い年月を経てそれなりに成長していてふところが広くなっている場合は昔共演した時とは違う意味合いで密度の濃いやり取りができたり逆に肩の力を抜いてお互いの演奏や音を楽しんだり。

ただストイックにやるとかガツガツやるだけではなく昔とは違う感じ方や楽しみ方、押したり退いたりもあり演奏中での遊びやリラックス状態も増している気がします。

最近は共演者の音を味わいたい楽しみたいという気持ちも昔とは比べ物にならないくらい増している。

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2015年6月16日 (火)

愚痴もありだなあ

心臓の手術以降、少しずつ愚痴を言うようになっていたり以前よりすぐ本音を言っている自分に気がつく。

愚痴はほとんど言わない方だったけど何故以前よりは言うようになったのかが自分ではわかる。

それはストレスをためないよう自然と言いたいことを言ったり自ずから愚痴をはくようにしてストレスから心臓を守るようになったのだ。

年取ってまるくなったとか達観したとかは多少はあるような気がしないでもないが年を取ったという気のせいだろう。

まだまだ欠陥俗俗として気持ちは熱い。

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2015年6月11日 (木)

佐竹商店街

御徒町駅を降りて昭和通りをつっきってから数百メートル歩くと左側に佐竹商店街の入り口がある。

昔ながらの商店街がかろうじて残っていて歩いていると和むのだ。

アーケードの商店街を少し歩くとラ、カフェという街の喫茶店。
コーヒー一杯210円だからいつか入ってみたい。

歩いていると呉服屋さんや婦人服の店がやたらと目につく。
この商店街は近所のオバサン達が今でもたくさん集まってくる場所なのだろうか?

なんか歩いていると嬉しくなるのだ。

商店街は数百メートル歩いて清洲通りに斜めに交わる。
そこか清洲通りをら浅草橋方面へ百メートル歩くと左手にオカズ横丁が見える。

この通りも歩くと和むのだ。

そんなこんなで今日も御徒町駅から歩いてホットミュージックスクールに着きました。

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2015年6月10日 (水)

最近の絵

最近の絵
な、わけだ!

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2015年6月 8日 (月)

最近の絵

最近の絵
な 感じだあ

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2015年6月 6日 (土)

フライングティーポットにて

フライングティーポットにて
セッティング完了!

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フライングティーポットで展示されている絵

フライングティーポットで展示されている絵
これ
好きだなあ!

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