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2013年9月30日 (月)

四人部屋

一人一人がカーテンでしっかりと隔離された四人部屋。

同じ部屋の人とは顔を合わせるわけでもなく、したがってわざわざ挨拶をしなくても毎日が過ぎていく。
それに部屋の外ですれ違ったとしても誰が同じ部屋なのかはなかなかわからない。

それでも声だけは聞こえてくるのだ。
隣の人、向かいの人、はす向かいの人。

いつしか聞こえてくる声から人を感じ声から人の人間性や人生を想像していた。

声という音。
音階のない音とバイブレーションだけの世界は自分の好きなインプロにも通じる。

最初の部屋は高齢の人が 多かったが翌日からは比較的近い世代だった。

看護師さんが来ると立派な大人として生きてきた人であるかのような声が聞こえ家族が来ると和んだ社会人ではない家庭人としての声が聞こえてくる。

そうかと思えば存在感のある強い声の人。
なんか自己主張が強そうでこの後に及んで見えない同室の他人と張り合っていそうだ。

かすれた声で薬の質問を何度もする声。
他人とは関わりたくなさそうだ。

何日間か同室の人の声を聞いているとその人の今と人生をどうしても感じてしまう。

もしかしたら心のどこかでこうなった自分を情けなく思っているかもしれない。
人より早く自分だけが何故?
悔いているかもしれない?恥じているかもしれない?

一生懸命生きてきたり前を向いて生きてきてプライドがあり見栄もあり虚栄心だってあるかもしれない?
たくさんの人と張り合ってきたかもしれない。

声から感じる優しさから傲慢さ。

四人部屋で一人寂しく隔離されてベットの上にいる自分を他人ごときに見られたくないかもしれない?

明日はいつのまにか退院日。

やることもないので同じ階にあるティールームに行ってみたら向かいの人らしき人に遭遇したので思わず自分から初めて挨拶をしてみた。

お互いにつかえていたものがはずれたような楽な気分にすぐなっていた。

優しい笑顔がすぐさま帰ってきていつしか会話がはずんでいた。

ホントはみな寂しい。
ホントはみな優しい。
ホントはみな楽でいたい。

脱ぎ捨てて得る宝!

シューミーの歌う皇帝(別名は裸の王様でオリジナルバージョン)のシューミーの歌詞を思い出した。

誰彼となく無邪気に人の心の中に入って安心させてしまうベースの是安のことを思い出すと私なんぞはまだまだ足元にも及ばない。

だから58才の自分はまだまだ。

脱ぎ捨てて表れていたのは是安の場合は無邪気さと優しさと誠実さだった気がする。
うーん大した奴だった。

脱ぎ捨ててワガママだったり傲慢だったりしなければいいが。

それでも世間ではまだまだアーティストだからと言ってワガママで自己中でも許されたり。

できることならより優しくありたい。

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コメント

え?
sunもう退院なの?
なあんだ、お見舞いに行ってからかおうと思ったのに、
じゃあ、また次の時だね。 
 では、エアジンで待ってますゼイ。 うめ。

投稿: | 2013年10月 1日 (火) 01時41分

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