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2013年4月

2013年4月29日 (月)

やっと絵を描いた!

やっと絵を描いた!
よっしゃあ、GO〜

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今年導かれた本

タイトルは「あの世はどこにあるのか」。

著者は森田健。
インタビューは山川健一。
幻冬舎より発売。

内容は森田さんの体験を中心に仙人でお馴染みの道教にからんでいて笑えるくらいブッ飛んでいる。
彼の好奇心のありかたとなおかつ子供の心で不思議な事をを体験しながら楽しんでいるスタンスに好感大。

あらたに知ること新たに学ぶこと多し。

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2013年4月24日 (水)

小学校の時の親友はやはり亡くなっていた!

彼とは小学校の時、お互いに転校生だったせいかすぐに仲良くなり気が合った。

彼は転校した小学校で他の男子にからかわれたりナメられると相手が血を流すくらい狂暴に立ち向かっていた。
私も転校したとたんに同じ学年で強いと思われていた男の子数人にからまれたので二人くらいを投げ飛ばしてから自分を認めさせてポジションを確保していた。

彼とは学校が終るとしょっちゅう一緒に帰りながらやんちゃな遊びをして戯れていた。

彼の家は石神井公園にあり池にいる淡水のエビを捕ったりタナゴを捕ったり。
彼との戦闘ごっこは爆竹や火薬系の物を投げ合っていたから今の時代だと怪我をすれば大問題になるような危険で荒っぽい遊び方だった。

彼とは中学も一緒だった。

私はサッカー、彼は剣道。
部活に夢中になってからはお互いに数年間つき合いが途切れていたが、高校生になりお互いに少し悪ガキになり少し不良になりかけると彼はロックをやり私はジャズギターとバンドに夢中になっていった。
高校生になると音楽を通して再びお互いが近い存在になりだしていた。

二十歳を過ぎる頃になり私がジャズの世界へ飛び出して行くと、彼とはいつしか年賀状だけのつき合いになっていたが、何年か続いた年賀状のやり取りもある時にパタッと返事が来なくなり途切れてしまっていた。

それ以降は連絡もとれないし不思議だったのでだいぶ月日がたってから石神井公園にある彼の実家に行ってみたがすでに所在がよくわからなかった。

先月、高校の後輩からかなり昔に彼が船から落ちて亡くなっていたことを知らされた。

ショックだった。

たしか高校2年か3年の夏休み。
彼はキャバレーのバンドにバイトで入りエレギベースを2ヶ月間で習得してしまったのだ。
これぞ独学速攻短期叩き上げ!
なんとアッパレな!

それは狂気を感じるくらいの根性だった。

大変遅くなりましたが、心から御冥福をお祈りいたします。

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2013年4月17日 (水)

閃きセンサー道中記

そこには意味も理屈もない。

あるとしたら
宇宙意思、宇宙意志、宇宙意識、本能、煩悩、欲望、愛情、愛、直感、山勘、神のみぞ知るか。

インプロ閃き特攻隊なんちって。

時は高校二年生。
中学の音楽室からイパネマの娘を弾いているピアノの音が聴こえてきた。

そのとたん私の足は音に向かって歩き出していた。
インスピレーション、閃きのスピードは光より速い!
なんの躊躇もなくドアを開けて中に入ると可愛らしい中学生の少女がイパネマの娘を弾いていたのだった。

ねえ僕のバンドで歌ってくれる?

迷いなく閃に従えぱエネルギーは使わず思いは実現する。

そして翌年彼女は私のバンドの歌手になり文化祭でいきなりジャズを歌ったのだった。

それから40年以上の月日がたち彼女とようやく連絡を取り合うことができた。

彼女はあの出来事がきっかけでその後ジャズボーカルを習いに行き今もジャズを歌っていたのだった。

嬉しいじゃないの!

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舞踏家滑川五朗(故人)さんをしのぶ会。

つい数ヵ月前に突然亡くなってしまった滑川さんをしのぶ会が下北沢であった。

滑川さんは山海塾のメンパーで日本を代表する舞踏家の一人。
その踊りはしなやかで美しく、しかも妖しくもありサムシングを感じさせる舞踏家だった。

滑川さんとは最初にドイツ大使館で、次に大谷の洞窟でのショーで音楽を担当したことがあった。

私が三十代半ばの頃、滑川さんは私のやっていた渦というインプログループに興味を持ってくれたこともあり音楽を担当することになったのだ。

せっかく舞踏家と共演するならば舞踏体験をしようと思いたち彼のレクチャーを体験したことがある。

当時は精神世界にもはまりヨガや瞑想もやっていたので滑川さんの大地のみならず宇宙にまで広がる壮大な意識と発想には共感した覚えがある。

音楽的にも当時の自分は真言密教的だったり浮遊感のある宇宙的な感覚や意識や発想も大好きだったから滑川ワールドに迎え入れてくれた気がする。

最初に共演したのが滑川さんだったからそのインパクトと感動は大きく、しばらく他の若い舞踏家からは共演しても中身や深みを感じないくらいだった。

自分の舞踏家好きのきっかけは滑川さんであり、滑川さんは私にとり心から偉大な舞踏家だったと思う。

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2013年4月16日 (火)

久しぶりにサッシペレレ。

日曜は春先に突然亡くなったガキオの奥さんの追悼セッションだった。

四ッ谷サッシペレレと言えば弾き語りの小野リサ君のお父さんが始めた店で僕ら世代のブラジル音楽好きなミュージシャンにとっては懐かしい場所なのだ。

僕はサッシペレレでは数回だったけど、多くのミュージシャンがここでブラジル人と共演して彼らの強烈なグルーヴを肌で感じリアルサンバの体験をしながら叩き上げで成長していったのだ。

亡くなった奥さんも若い頃にここで働いていてガキオと出会ったそうな。

セッションは僕ら世代のミュージシャンが中心。

奥さんのサダヨさんが僕のギターを好きだったということなので、セッティングも手抜きなし。いつものエフェクターを全て並べて演奏。

サンバは忘れかけていて皆についていけるかわからないけど、とにかくトライベストしようと思った。

演奏が始まるとみんなハートフルだったり暖かかったり優しい音だったり素敵だった!

ギターの井上ミツル君とは初共演。
彼はなんか熱くて魅力的だっ。
私同様に昔からガキオの友人だったのについ最近までお互い知らなかったし彼が成蹊の1年後輩だったなんてずっと知らなかったからまさに驚きの縁だっ!

そして久しぶりに小野リサ君とも数曲共演。
なんと、彼女には30年ほど昔に一度だけギターを教えたことがある。

昔と変わらない人となりと気負いがなく素朴な表現は相変わらず自然で無理がなく気持ちよかった。

僕ら世代のミュージシャンにとって彼女が幼い頃からここですごしているのを見てきているので小野リサ君は僕達にはいつまでたっても可愛い妹みたいな存在だ。

セッションも終り頃にピアノの大口さんがやって来て数曲参加。

最後は感極まって言葉をつまらせてしまったガキオにジーンときてもらい泣きしてしまった。

ガキオとサダヨさんはサッシペレレにブラジル人ミュージシャンが連日出演していて夜中まで営業していた熱い時代の熱い出会いだったことだろう。

なんとも心暖まる追悼の会だった。

熱い心は死ぬまで持ち続けたい!

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2013年4月 8日 (月)

よしっゃ〜!

去年からムチャがたたって心臓を病んだせいでジタバタ苦しんだすえ禁煙には成功。

しかし今年にはいると胃の上あたりに胃炎とは違う異物感や違和感があり気になっていたので先週ついに病院にかけ込んで今日ついに胃カメラ体験。

口から麻酔液など不味い液体を三種類飲まされて気がつくと気絶したまま胃カメラ検査は終わっていた。
結果はガンの心配もなくただの胃の荒れだった。

よっしゃあ!

これでまた安心して無理できるぞっ!

やったあ―

晴れてバンドマン的快楽不摂生道中開始だっ!

夜中のギターも解禁。

夜中のお絵描きも解禁だっ!

春だしガオガオガオーッ!

なわけで僕の心臓さんごめんなさい。
禁煙は続行するから許してちょ!

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2013年4月 4日 (木)

森の中で咲くスミレ

森の中で咲くスミレ
森の中ですごすのは4月の上旬くらいから約1ヶ月間が最高。
晴れた日、太陽の光に輝く新緑は平和光線を発しているかのごとく。
雨上がりの森は新緑が日の光と雨のしずくで光り輝きだすからなんとも素敵です。

ただし、5月の半ばぐらいからは蚊が現れて森に入るやいなや蚊の集団に取り囲まれます。

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