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2013年1月18日 (金)

日本人の美学や美意識について

こんな事を思ったり考えてみた。

その発端となったのはたまたま見ていたテレビでエストニア出身で大関になったバルト関をとりあげていた特別番組だった。

バルト関は「勝っておごらず」という勝っても喜びをあらわにしない日本人の相撲精神に素晴らしさを感じて惹かれたそう。

これは日本人の美学や美意識に通じるものだし武士道にも通じる事だと思う。
そしてそれは勝者による敗者に対する礼儀や思いやりにつながる在り方だと思う。

これをいろんなケースに当てはめてみると。

幸せな人がいる影で不幸な人がいる。

上手くいっている人がいる影で上手くいっていない人がいる。

成功した人の影で成功しなかった人がいる。

喜んでいる人のいる影で傷ついている人がいる。

ここに日本人の美学、美意識、思いやりの精神を持ち込むならば、自分が幸せであることをやたら誇示しない。

自分が上手くいっているという事をやたら誇示しない。

そこでは控え目にという日本的な礼をわきまえた思いやりのある表現があるのだと思う。

そこには昔の日本人の多くが持っていた奥ゆかしさにつながる礼節な心の在り方があるような気がする。

つい遠慮するなどという考え方や行動は西洋的ではないと思うが日本的な美意識や美学や思いやりとは切り離せない意識だと思う。

それにしても
フェイスブックを覗いているといろんな人がいろいろな表現をしている中で日本的な美意識や美学や思いやりはかなり崩壊しているなと感じる今日この頃。

フェイスブックの在り方はお楽しみもたくさんありでつくづくグローバルコミニュケーションなんだなあと感じる昨今。

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