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2013年1月

2013年1月21日 (月)

今年の1月

元旦の正夢は思い出せないが、去年の暮れから続いている禁煙のせいでたまにタバコを吸っているリアルな夢を見てはハッと驚いて目が覚める。

禁断症状はもうないものの、このリアルさは煙草を吸いたいというもう一人の自分が別の意識界で相変わらず喫煙しているような変な感じだ。

やはりこれはパラレルワールドが存在するということかもしれない。

元旦三日目は久しぶりに本との出会いがあった。

本との出会いとは面白いもんで自然に導かれたり不意にアチラサンからやって来るみたいな感じだ。

毎年元旦に導かれる本はなぜか不思議で面白い。

ここ数年だと古代人の変性意識や覚醒意識状態で見ていたと思われる心内映像やそのような意識状態で描かれた絵画について書かれた本だったり老子についてわかりやすく書かれた本だったり。

今年のお導き本はなんと死後世界地図という百年前の英国でベストセラーだった本と同じく秋山眞人氏による死後世界地図の日本編。

久しぶりに霊界関係の本を読むはめになるとはあちらの世界からのお導きかもしれない。

今日は2ヶ月ぶりに自分の部屋でCDを聴いている。
禁煙以来やっと部屋で音を聴く気がしたのだ。
ようやく禁煙で停滞していた自分の感覚が一歩前進し始めたのかもしれない。

聴いているのは一昨年に亡くなった是安のベースが聴けるCDだっ。

このような元旦からの一連の流れは今も送られ続けている霊界よりの波動メッセージかもしれない。

是安ありがとう!

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2013年1月20日 (日)

うーっ、人間界だから難しい

禁煙できていない人が汚染問題などの話をする資格はないという意見を耳にした。

人間の世界は自然界や宇宙の法則からしたらデタラメで人間自体が矛盾だらけなのにそんな考え方や言い方をしてしまったらますます窮屈になりはしないか?

喫煙しない人でも車を運転する人ならば排気ガスやCO2を撒き散らしている。

いろいろ突き詰めていくと多くの人はどこかしら矛盾しているのだから、ある程度は寛容な心がないと生きていてお互いにぎすぎすしたり窮屈になっていくのではないかな。

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2013年1月18日 (金)

日本人の美学や美意識について

こんな事を思ったり考えてみた。

その発端となったのはたまたま見ていたテレビでエストニア出身で大関になったバルト関をとりあげていた特別番組だった。

バルト関は「勝っておごらず」という勝っても喜びをあらわにしない日本人の相撲精神に素晴らしさを感じて惹かれたそう。

これは日本人の美学や美意識に通じるものだし武士道にも通じる事だと思う。
そしてそれは勝者による敗者に対する礼儀や思いやりにつながる在り方だと思う。

これをいろんなケースに当てはめてみると。

幸せな人がいる影で不幸な人がいる。

上手くいっている人がいる影で上手くいっていない人がいる。

成功した人の影で成功しなかった人がいる。

喜んでいる人のいる影で傷ついている人がいる。

ここに日本人の美学、美意識、思いやりの精神を持ち込むならば、自分が幸せであることをやたら誇示しない。

自分が上手くいっているという事をやたら誇示しない。

そこでは控え目にという日本的な礼をわきまえた思いやりのある表現があるのだと思う。

そこには昔の日本人の多くが持っていた奥ゆかしさにつながる礼節な心の在り方があるような気がする。

つい遠慮するなどという考え方や行動は西洋的ではないと思うが日本的な美意識や美学や思いやりとは切り離せない意識だと思う。

それにしても
フェイスブックを覗いているといろんな人がいろいろな表現をしている中で日本的な美意識や美学や思いやりはかなり崩壊しているなと感じる今日この頃。

フェイスブックの在り方はお楽しみもたくさんありでつくづくグローバルコミニュケーションなんだなあと感じる昨今。

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