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2012年7月12日 (木)

あらためて思う!

あらためて思い返すと是安のベースは偉大だった。

それは前人未到の粘り腰と表現力をつかんでいたのだ。

最後に彼と一緒にやっていたミュージシャンの中でも僕より若い連中はその凄まじさに気がついていたはずだ。
『それまでと何か違うぞ!』

もしくは彼が亡くなってしまった後で気づいたか気づき始めるだろう。

是安を何回か体験した後に他のベーシストとやった時も是安の凄まじさに気づくはずだ。
これはどのベーシストが優れているという話しではなく是安がつかんでいた事の素晴らしさについての話だ。

おそらく彼はチャーリーヘイデンが好きだったはずだ。
いや断言しよう。チャーリーヘイデンが好きで多大な影響を受けていた。

しかしチャーリーヘイデンのいろんな音源を聴いてみると作品によっては是安の表現力と粘り腰の方に圧倒的なものがある。
それはもはやチャーリーヘイデンからは離れてコレヤス節になっていたのだ。
うーむっ、クレイジーコレヤス!

これもどちらのベーシストが良くて優れているという話しではない。

1つの光輝く個性としての話だ。

一小節、一拍の中でいかに歌うか、いかに表現するか。
時には小節をまたいでいかに表現するか。
いかに音を置いていくか。

今にしてつくづく大したベーシストだったなと思う。

断酒する以前の彼は酒を浴びていたし日々酔っ払った状態だったが音楽にはきわめて真面目に立ち向かっていた。

彼に関しては真面目なのは面白くないなどと言うのは意味がなくナンセンスで愚かな発言だ。

なぜかというと、誰もそこまで深く入り込めないくらい凄まじい表現力やタイムに関する集中力があった。
そしてたて乗りではない横に揺れる伸びやかな表現力とノリなどを身につけていたからだ。
これはわかっていてもちょっとやそこらじゃ真似できなかった。

是安は私のガットギターといろんな音域で一緒に音を出してもピッチが正確だった。
これはベーシストなら一度他の楽器としっかり合わせてみるといい。
間違って身につけてしまった場合は低音域では他の楽器と合っていても高音域になると正確なピッチ感は弱まりづれてくる。

一小節の中を限りなく広く使ってぎりぎりのポイントめがけて音を出してくる彼の表現力は凄まじくもっともっと評価されてよかったとつくづく思う。

うむっ、あらためていいベーシストだったなと思った!

夜中の是安絶賛記。

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