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2012年7月

2012年7月31日 (火)

こんな事を思いました

初めて車を運転する時にナビゲーターを使いました。

やはり便利でした。
ムダな心配しなくていいから便利だという喜びがあり楽だなという感覚になりました。
が、です!

途中から自分の感覚と感性、つまり感ナビのワクワクした喜び感覚を味わったり使っていないことに気がついて違和感を覚えだしたのです。

そこには感ナビが当たる感動や喜びはもはやないのです。

つまり、すぐ結論や結果が手にはいることでナビという機械にたよって機械と時間の速さに支配されているような生まれて初めての変な感じ。

自分の感覚や感性を使うことをやめてしまうような、忘れてしまうような。

これって
それが合っていて向いている人もいるだろうけど
何か違う。

はるか昔の人間が持っていた感性を使わなくなってしまうような気がしました。

第六感、山勘、テレパシ−などは現代文明が進んで機械が人の手にとって変わってからはかなり劣ろえていっているような気がします。

現代人は自然や地球より機械と一体化し機械と仲良し。
しかもパソコンが誰でも生活の一部になってきた現代です。

そしてネットワークの発達と進化。

つまり機械文明の進化で
思ったり考えるより先に新たな情報や知識が目白押し。
無理難題の解決はすぐ可能になるしすぐ知ることができる。

そんな現代では身体や脳ミソの使う場所も昔の人間とは違ってくるだろうし情緒感覚や直感は衰えていくか違うものになっていくかもしれません。

機械と仲良しになる人には向き不向きもありますが太古の人間に備わっていたはずのテレパシ−感覚は確実に衰えていくような気がしました。

機械や情報にたよらないで感覚と感性をフル可動させてそれが的中した神がかりな奇跡や感動と喜びは何処え?

おそらく向いている人は機械と一体化して、しかもそこに感覚と感性を持ち込むことができるとは思いましたが、シンプルな生活の中で人間らしいムダがあったり間違えたり迷ったりしながらゆっくり時間をかけて理解したり把握したり知ったり味わったり何かをつかんだりして生きていくにはちょっとかけ離れた生き方になってしまいそうです。

物事の奥行きとは人生にさ迷いながら多くの時間を浪費することによって備わったり生み出すことができるとも思えます。

欠陥人間加藤としては失敗を繰返しながらも人間がもともと持っていたはずの五感六感を磨いてフル可動させて生きて行けたら一番フレキシブルで幸せなんだけど。

いやはや、なかなか大変ざんす!

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2012年7月22日 (日)

間違えた

間違えた
さっきの笠原の店の入口

1つ前のブログは間違えて孫の写真そえちゃいました。

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やっと行けた

やっと行けた
今日は仙川でソロ。

仙川と言えば渋さ仲間のアングラ役者 笠原がやってる店がある。

前から行きたかったとこだから仙川に着いてすぐ行ってみた。

うん、子供が喜ぶいい店だっ!
渋さに参加したのは間違えではなかったぜっ!
最近そう思う日々。
つくづく嬉しいねえ。

チャンアヤが子供連れで来てるし知った顔がチラホラ。

最高の店だぜっ!

お茶もメニュー豊富で自然食関係バッチし!

いい感性の連中がよき未来を築けるはずだっ!

そんな未来を信じたい。

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いつのまにやら

あと数年で六十歳。

不思議だ!
若い頃に予想したのとは大違い。

六十歳くらいになったら
大ベテランでもう練習もしないで人間的にもゆとりと余裕があって渋い演奏をしているだろう、なんて若い頃はイメージしていたのだが。

実際はまるで違う。
ベテランなどという自覚はなし。
ギターは煮詰まったり飽きるどころかいっそう弾きたいし気づく事や新たな発見がいっぱい。
ある意味でギンギンなのだっ!

いろんな人と年々くったくなく演奏したり話すようになっているから時には先輩としてとか年上としての話し方もするが、ベテラン風をふかすなどもったいなくてする気すら起きない。

しかも実際四十代の頃と比べたら異常なくらいギターを弾いている。

いろんなヤツと音でグチャグチャゴチョゴチョゴシゴシバシバシ。

ギター弾いているとたまに俺は豚さんが夢中でガオガオ餌食ってるみたいだ。

肉体や頭はたしかに少しずつ劣化しているが、どうかしている。

どうも夢中で音を食ってるみたいだ。

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2012年7月20日 (金)

なんだなんだ

あれっ、急に寒くなったではないか!

せっかく体がやっと夏モード夏対応になりかけたのにオイオイっ。

おまけに雨がザーッ。

気圧のせいかメマイとまではいかないが少しクラクラ。

今日もテレビでイジメ問題をやってたけど考えさせられる。

息子が中学二年の頃、少しの間イジメにあったことがあった。

初めてイジメにあった子供の親としての経験をした。

理屈なしで怒りの戦慄が走った。
相手の子は近所の同じ中学二年の子供だったから幼い頃から知っていた。

震えるくらい怒りの気持ちが込み上げてきて怒鳴り込んでやろうと思ったら相手の親が謝りに来た。

最近、両親の間に問題があったらしい。
それでその子の心が荒れていたようだった。

この件はそれで落ち着いてイジメも止んだが、息子がイジメられていたこと知った時に親としての理屈ではない本気な怒りという感情が起きたことを経験した。

こんな俺でも父親だった。

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2012年7月19日 (木)

昨日はサムタイムだった。

演奏が終わったらカウンターにピアニストの大徳さんがいた。

セカンドセットからいたらしい。

嬉しかった。

大徳さんは自分が中学三年の時に成蹊大学の文化祭で大学時代の彼の演奏を聴いて以来のファン。

大徳さんはプロのギタリストになろうと思ったきっかけの人でもあり、ある意味で一番影響を受けた先輩でもある。

彼の表現する和声や音符のニュアンス、音楽センスなどが大好きで、プロの世界に入ってからは自分もああなれたらと思っていた。

自分にとりそんな存在の先輩だから
昨日は少しの時間だったけど今こうして会うことができて楽しく談笑できるのがこの上もなく嬉しいのだ。

そして自分の好きな先輩はどこか老子みたいなところがある。

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人を死に至らしめるイジメには複雑な思いだ。

というのは
小学生の頃に自分がイジメっ子だった時期があるからた。

優等生は面白くないヤツのくせして先生には受けがいいので気にくわないからリンチ。
新しく転向してきたやつは生意気だと気にくわないからおとなしくさせるために石をぶつける。
もちろん反撃をくらったりもしたが、石が当たるまで頑張ったこともある。
そしてイジメッコを成敗したり逆にイジメッコに成敗されてリンチされたこともあった。

現代のようにパソコン全盛でバーチャルな遊びが増えると肉体の痛みや心の痛みに対して実感が薄れて鈍くなっているのか
もしれない。

パソコンのゲームの中では自分も簡単にヤッツケられるけれど敵もいとも簡単にメチャメチャにやっつけることができる。

ヤッツケても映像の中での遊びであり快感だけで肉体や心が痛むこともないし何ら意味のない勝利に感じる!

機械を操作している当人はいたって安全で昔の遊びのリアリティーとは別物であり雲泥の差があるのだ。

自分が小学生低学年の時代は日本の敗戦が尾を引いていてまだ戦争ゴッコをしていた。
玩具の刀や弓矢も使ったけど、石や泥の弾を投げ合うから当たると痛いのだ。
痛いだけでなく怪我をすることがある。
痛かったり恐くなれば泣くわけで、泣けば戦意喪失といことで泣かした方の勝ちなる。

痛みや恐怖で泣くなどということは恥ずかしいのであるが血を出したりタンコブ作って泣いた相手に対して同情したり可哀想だという感情だって芽生えたりするのだ。

だから泣いたら戦意喪失の証だからそこでおしまい。
でそれ以上はやらない。

遊びの戦争ゴッコでさえ実際の戦いは痛いし恐いけどパソコンのゲームではそんな感覚にはならないしわかりようがない。

爆竹や2Bを使う時は危険を承知のうえでやるのだ。
目に当たれば一大事だしへたすりゃ指が飛び大怪我もん。

同じ遊びでも痛みと恐怖や危険性は自分の体で身を持って理解し学ぶことができた。

今はイジメといってもそんな経験があまりなく痛みや恐怖の感覚が薄く実感できていないとしたら、そこらへんの感性は鈍いから逆に危険かもしれない。

もう三丁目の夕日の頃とは時代が違うけど他人を死に追いやるようなイジメは心も含めて何かが育っていないか学べていないか欠落していると感じるしおかしい。

そんな事件は悔しくて切ない。

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最近

9月に是安の追悼アルバムを出すのでライナーノーツを書いている。

そのせいもあって毎日のように是安の事を思い考える。

あらためて自分にとってかけがえのない相手であったと痛感。

同じ年齢でそんな相棒がいたという事はありがたいことで幸せなことだったとつくづく思う。

二度の大病から立ち直った是安は以前のように人の事に首を突っ込んで我が身をすり減らすというあり方からひたすら見守るというスタンスでいた。

そこには病から学んだ以上に慈悲深いものを感じることもできた。
この見守るという在り方に感心して学ぶ事も多かった。

心では寄り添うけどひたすら見守ってくれていた。

だからまだ生かされている俺はギター弾かなきゃだ!

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2012年7月15日 (日)

ふと

今日はホットでギター講師の日。

スクールに着いてふと気がつくと最近スクールまわりは自動販売機が増えている。
通りの向かい側に三台。その横の駐車場に二台。
少し歩いただけでやはり通りをはさんで六台。
これってあまりに多すぎる!
節電と言うなら自動販売機をこれ以上増やさないか自動販売機を24時間作動しないようにしてもいいと思う。

今に自動販売機だけのコンビニができたりして。
タバコと飲みもの自動販売機が集まっている小さいスペースはもうあるけど、カップ麺から歯ブラシなどの日常品までそろったコンビニに近い無人のスペースが増えたらゾッとする。

そんな未来にはなってほしくない。

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2012年7月13日 (金)

演奏前に一人ビール

ダラダラ物思いにふける。

フェイスブックを見ていると原発関係や政治問題でたくさんメッセージを見かける。

ネット関係はようわからなくて苦手だし、もともと世間の情報にも無知でうといからそのような情報が飛び交っているとつい感心して引いてしまいブログも書く気がうせいていたが、そうだ!

等身大でいい。
知ってる事は知っている。
知らない事は知らない。
知ったかぶりをする必要もない。
正直にいこう。

大震災があったけど、原発事故もあったけど、しばらくするとあの時のモチベーションや気持ちが いつもの何事もなかった時の状態に戻っていたりする。
そして自分の事に夢中になる。

大変な事が日本で起きたわけで、家族を失ったり家を失ったり住んでいた町に住めなくなって苦労し苦悩し悲しんで苦しんでいる人がいる。
放射能の事だって次の世代や未来を考えればこのままではすまされない!

うっかりハチベイならずうっかり加藤ではあるが、忘れないようにしなくては。
何かできる事をまだやらねば。

心臓も回復しつつあるからそんな気もよみがえってきた。

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フェイスブックを見ていて思いにふける

いろんな人がいろんな関わり方をしていて凄いなあと思う。

発信している中ではやはり原発の事は気になります。

震災から一年以上たって今頑張って発信している人達は偉いと思う。

平和ってなんなんですかねっ?
それは平和なのではなくなんとなくという平和感とも言えそうです。

真実を伏せる、隠す、公表を遅らす中での平和ってなんなんですかね?

何事も国が隠すことなく公表していたら、国民が不安になるからとか、パニックを起こすとか、国民を敵にまわしかねないとか、マツリゴトがたち行かなくなり自分たちの立場や利害関係が危うくなるからですかねえ?

世界もだけど日本の政府というのはなんだか身動きがとれなそうですね。

過激な言い方をするならば、ならそんな政府は壊せ!そんな世界は変えよう!ですね。

外国を見渡せばひた隠しに隠して国民をだまし続けていた国も少なくはないですねっ。

国民が何も知らされないままというのは歴史を見ていても世界中で多い気がします。

民主主義の国だからといってなんでもちゃんと国民に事実を公表するのはなんとも難しそうですね。

そんな事をダラダラと考えていたら同じくフェイスブックを見ていて今NHKでやっている平清盛の事を発信している記事が目にとまりました。

自分は平清盛をとても楽しんで見ているのだけど、今までの源氏中心の時代劇じゃないから逆に新鮮で違う角度から見れて楽しいんです。

もちろんドラマゆえに新たな脚色という面もありますが、違う角度から見て知ったり考えるという事は新たな発見があり見方が広がって別の印象も持てるということです。

歴史って勝てば勝った側がとりあえず正義になってしまうんですよね。

戦争は正義対正義?
変ですおかしいです!

まさに現代までその繰り返し。

恐ろしい発言しちゃうと、鎌倉幕府は源氏が平家に勝ったからこそ正義となりえたし作ることができた。
勝ったという事は殺戮があり、へたすると相手を滅ぼすとこまでいくわけです。

日本が太平洋戦争に勝っていたら、オーム真理教が勝っていたら、その時点では正義が逆転してしまったでしょうね。

正義って民間レベルならまだ美しくていいけど大きくなると別次元の言葉に聞こえてきます。
どうも正義とは権力や力を持ってしまうらしい。

つまり今、世界で一番強い力のある正義が多くの国をマインドコントロールしたり支配をしていると言えなくはないのです。

そしてそこには宗教もからんできます。

正義とは、平和とは、これまた奥が深いなあ。


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2012年7月12日 (木)

あらためて思う!

あらためて思い返すと是安のベースは偉大だった。

それは前人未到の粘り腰と表現力をつかんでいたのだ。

最後に彼と一緒にやっていたミュージシャンの中でも僕より若い連中はその凄まじさに気がついていたはずだ。
『それまでと何か違うぞ!』

もしくは彼が亡くなってしまった後で気づいたか気づき始めるだろう。

是安を何回か体験した後に他のベーシストとやった時も是安の凄まじさに気づくはずだ。
これはどのベーシストが優れているという話しではなく是安がつかんでいた事の素晴らしさについての話だ。

おそらく彼はチャーリーヘイデンが好きだったはずだ。
いや断言しよう。チャーリーヘイデンが好きで多大な影響を受けていた。

しかしチャーリーヘイデンのいろんな音源を聴いてみると作品によっては是安の表現力と粘り腰の方に圧倒的なものがある。
それはもはやチャーリーヘイデンからは離れてコレヤス節になっていたのだ。
うーむっ、クレイジーコレヤス!

これもどちらのベーシストが良くて優れているという話しではない。

1つの光輝く個性としての話だ。

一小節、一拍の中でいかに歌うか、いかに表現するか。
時には小節をまたいでいかに表現するか。
いかに音を置いていくか。

今にしてつくづく大したベーシストだったなと思う。

断酒する以前の彼は酒を浴びていたし日々酔っ払った状態だったが音楽にはきわめて真面目に立ち向かっていた。

彼に関しては真面目なのは面白くないなどと言うのは意味がなくナンセンスで愚かな発言だ。

なぜかというと、誰もそこまで深く入り込めないくらい凄まじい表現力やタイムに関する集中力があった。
そしてたて乗りではない横に揺れる伸びやかな表現力とノリなどを身につけていたからだ。
これはわかっていてもちょっとやそこらじゃ真似できなかった。

是安は私のガットギターといろんな音域で一緒に音を出してもピッチが正確だった。
これはベーシストなら一度他の楽器としっかり合わせてみるといい。
間違って身につけてしまった場合は低音域では他の楽器と合っていても高音域になると正確なピッチ感は弱まりづれてくる。

一小節の中を限りなく広く使ってぎりぎりのポイントめがけて音を出してくる彼の表現力は凄まじくもっともっと評価されてよかったとつくづく思う。

うむっ、あらためていいベーシストだったなと思った!

夜中の是安絶賛記。

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2012年7月11日 (水)

ギターの内橋和久君とのデュオがCDとして発売になりました。

内容はフリーインプロビゼーション。

なってるハウスでのライブ録音。

価格2100円

ライブのさい持ち歩いて手売りしてます。


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2012年7月10日 (火)

イギリスから演奏しにきたテリーさんというドラマー

日曜日は新宿ピットインでフルートのミヤさん企画のライブだった。

ドラマーはイギリスから来日したテリーさん。
ピアノはスガダイロー。

演奏はほとんどがフリーインプロビゼーション。
くったくなく楽しめた。

テリーさんを見たとたん妄想モード全開!
年齢もかなりいっている感じだけど失礼ながら典型的なイギリスの貧しい労働者階級の人に見えてしまった。

イギリス映画などで見た私の中のイメージそのまんまでなんか懐かしいような、枯れ具合が渋く味わいがある感じだし、隣にいても最初から距離感や違和感のない、いい感じなのだ。

あまりにそう見えたからイギリス育ちのミヤ君にそんな妄想をしたことを言って聞いてみた。

なんと、驚いたことにビッタシカンカンまさにその通り!

なんか最初から同じ地点にいるような、まさにフリーとして力の抜けきったいいバイブレーションの人だった。

彼は画家でもあるそうな。
そしてイギリスのフリーシーンでははるか昔から活動していてみんなが知っているそうな。


突然同じイギリスのビートルズでドラマーだったリンゴスターのことを思い出した。

人にはいろんな人生があってそれぞれが素敵だ。

きっと、テリーさんはよき魂の持ち主に違いないと思った。

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ひょんなことから

数少ないオフだったし疲れていたけど、ひょんな事から東中野のセロニアスというジャズバーに出向いた。

ママはスカッとしていていい感じだ。
うん、いい店。

ライブスケジュールを見るといろんなタイプのミュージシャンが出ている。

何やら好きな事ができそう。

たまたま寺下合宿つながりでフリーに目覚めて頑張っている女性ドラム本多ちゃんのグループだった。
サックスは大好きな森順治さん。
ベーシストは最近好感を持っているカイトウ君。

事前に私が行くという話が伝わっていて結局2ステージとも一緒に演奏して帰ってきた。

演奏内容はフリーインプロビゼーションだった。
気持ちよくて楽しかった。

また新しい店と出会う。

うむっ、なにやら面白い展開!

ありがたいことだっ。

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2012年7月 8日 (日)

久しぶりにガットソロ

やる前は正直言って不安だった。

オリジナルが増えているわけではないしレパートリーはブラジルの曲が二曲ほど増えたくらい。

でも演奏を始めたらスルスルと音の世界に入り込んでいけた。

気がつくと夢中になっている自分、音を喜んでいる自分がいてギターを弾く左右の指先も喜んでいた。

ほっとした。

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2012年7月 7日 (土)

さて

今から中野で秘かにガットソロ。

60才になったらまたガットソロをと思っていたが、たまには見切り発車。

やるのだ!

ここ半年以上
家にいる時はいつになくクラッシックギターを弾き続きているがますます楽しい。

弾いてるのはピィラロボス、タルレガ、コスト、バッハなど五冊。

弾けば弾くほどゆっくり喜び快感が増していく。

弾けば弾くほど音が見えていく。

弾けば弾くほど耳と指が進化していく。

やめられない!

しかし人前でクラッシックを弾く気はない。

まだ中級から上級に移行している段階だ!

クラッシックはその筋の名人に任せたい。

ジャズだろうとブラジル音楽だろうとクラッシックだろうとロックだろうとインプロだろうと俺は自己流でいい。

気分はビートルズのサージャントペパーズ。

俺は自分が気の向くままに自由に好き勝手にギターを弾くだけだ。

何故にギターを弾き続けるのか。

それはきわめてシンプル!

自分はまだまだ!

そして一生ギターを弾く喜びをともないながら進化できると確信している。

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ずっと子供の目線

はるか昔からいつも矛盾を感じていて理解しがたくて嫌いなことがある。

世界の平和を掲げながら何かあると空母で沖縄や佐世保にやって来る国がいる。

ようするに武器をちらつかせて睨みをきかせに来るのだ。

防衛という言葉も嫌いだ。

他の国が攻めてくるという想定や発想も嫌いだ。

原爆をたくさん開発して持っているのに他の国に原爆を作るな持つなと言うのもおかしくて嫌だ。

世界で一番原爆をたくさん持っていて最も危険な国が世界の平和を掲げながら軍隊で睨みをきかしている。

もう原発もやめて原爆や武器もなくせばいいのに。

昔から自分の中の子供の目線は変わることはない。

疑うより信じるが好きだ。

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2012年7月 6日 (金)

なわけだ!

であるからして、なわけで、そんなこんなで、だからして、そうなるわけで、ならば、まっ、いいか!

これでいいのだ!


信心深いウグイスが鳴いたとさっ

ホーウ ホッケキョウ。

テンテンツクツクテンツクテンツク

ウヒヤハウヒヤハ

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続 さてさて

いろんな町に演奏しに行くと素敵な建物や場所がある。
そして時には樹齢何百年という巨木に出合うこともある。

最近は妄想全開で百年前ここはどんな景色だったのだろう?と妄想してみるのだ。

絶対美しい!絶対のどかだ!もはやレトロなんていう次元じゃない。

今ではほんの少しだけ残されたかすでに跡形もなく消え失せてしまった私にとっては夢のような光景が展開する。

生活は今より全てが遅く緩やか。
時間の感覚も思考の感覚も全然違う。
食べるもの、お菓子、雑貨、衣服、日常の音、音楽、娯楽、情報、刺激、全てが今より圧倒的に少ない。

何をするにも今より時間がかかり楽で便利ではないが今の便利さや楽さ早さを知るよしもない時代。

そんな緩やかな日常が当たり前の時代ならばきっと幸せの感覚も違う。

何かを待つという感覚も違う。

百年前は人と自然を今より身近に感じて生きていた。

今より空気や水が美味けりゃ食べ物の味や酒の味だって違ったはずだ。

マインドタイムマシンを鍛えるしかないかな。
また瞑想をしばらく頑張って続けてるうちに幽体離脱できるようになって今度は過去未来を自由自在に浮遊するかな?


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さてさて

7月も前半はライブ三昧でありがたいことだ。

せっかくライブをやりに行くからには楽しく過ごしてトライベストするのみ。

家に帰って毎日少しだけフェイスブックを覗いていると最近は原発関係のメッセージも多い。

政治の事は上手く喋れないが、もう原発は安全だからと言って再稼働したらなし崩しでそのままになってしまうのか?
それとも、今再稼働したとしてもとりあえず極端な状況の変化を避けて今に原発を廃止して行く方向に進むのだろうか?

未来の事を思えば原発にたよるという現実を変えていくためにも民間レベルでの発信は大切だなと思う。

オゾン層の破壊による温暖化の進行を少しでも食い止めて遅らす意味でも車は緩やかにガソリン車から電気自動車に移行しつつある。

エコカーなどと言ってエコを歌うのであれば地球に優しくない原発は最も必要ないはずだ!

科学の進歩による文明の発展が幸せだけをもたらすとはかぎらない。

なんでも手間が省けて早いは便利になったで幸せとは違う。

便利だからといらない物を作り出せば地球と地球上の生物に害をもたらすことはここ百年の歴史を見ればすでにわかるはず。

尊敬する友人が言っていたが、この国は何も見ようとせずそれ以上考えようとしなければ平和で幸せに感じることができる国だというわけだ。

未来を思えばそろそろ変わらなくは手遅れなところまできている気がする。

それにしても
俺もそろそろ禁煙しないと最近は心臓が弱りはて体が予定より早く壊れていくわけで、原発反対の前に俺は俺に喫煙反対と叫ばねば!

これがなかなかなわけで、トホホッ。

このままだと来月は禁煙外来に行くしかない。

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2012年7月 3日 (火)

新しいDVD発売

新しいDVD発売

去年、高良久美子さんと芳垣安洋君と演奏したフリーインプロビゼーションのDVDがようやく発売になりました。

ライブのさい持ち歩いて 手売りしてます。

価格1500円

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