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2011年9月29日 (木)

是安のこと(4)

是安のベースソロは長年一緒にやっていて今でも不思議だった。
どうしてあんなソロができるのだろう?

一緒にやり始めた最初の頃は是安のベースソロになるとバッキングができなかったしバッキングをするのも恐かった。
わかっていてもそこまで深いポイントには行けなかった。
音符の位置が尋常ではなく表向きのわかりやすいメトロノームの点ではなかった。
一小節の中を隅から隅までふんだんに使いぎりぎりの表現をしていた。
時には小節をまたいで彼にしかできない歌を弾いていた。
普通は今の八分音符だな、とかわかりやすいのだけど是安のソロは凄まじかった。

自分が是安のソロを隅々まで理解してバッキングできると感じ始めたのはここ数年のことである。
かえって無神経か無頓着にかかわった方が気楽にバッキンできたかもしれない。
少しディレイでもかけてフワッとかかわれば楽だったと思う。
でも自分も小節の中のメトロノームでは割り切れないきわどいポイントにやり甲斐を感じていたのでお互いのタイム感や呼吸には過敏だった。

あれほど小節の隅々までをふんだんに使ってギリギリのところで歌えたベーシストは世界は広しと言えども他にはいないと思う。

最近になり少しわかった事があった。
是安は高校時代にバスケットでインターハイに出たほどの名選手だった。
昔一度だけバトミントンを一緒にやったら膝がやわらかくてフットワークが抜群。
足腰がとても軽快だったので驚いた事がある。
砂浜で是安をつかまえようとしたらやはり軽快なフットワークで見事に逃げられた。
この時もその見事さに舌をまいた。
バスケットの時には前かがみになってドリブルをする時の右手とベースを弾く右手は是安の場合は関連性があるような気がした。
右手の動きでは弦を弾いた時はボールを下に押した時で次に弦を弾く直前ははね返ってくるボールを受ける感覚に近い感触で音空間をとらえていたのではないかなと、是安の右手の動きにはバスケットのドリブルと少しだけ共通点があるような感じがしていた。
あの独特の弾力性のあるビート感はバスケットのドリブルをイチニイサンシイとやっている時に右手で感じているフィーリングと絶対関係がありそうだ。
ドリブルの時にボールを押し出しては返って来るボールのエネルギーを腕と手で吸収してまた押し出す。
是安の出す音やビートの極意にはそんな感覚もあったかも知れない。

最近は一緒にやる時に以前よりギターで空間を埋めないようにしたり曲によっては途中までギターを弾かないで是安を味わったり楽しんでいた。

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