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2011年1月18日 (火)

古澤良治郎さんの思い出

35年以上昔、まだプロになる直前の頃に新宿ピットインやタローに通ってはあらゆる日本のジャズミュージシャンを聴いていた。

当時日本のジャズドラマーといえばジョージ大塚さんや日野元彦(故人)さんが飛ぶ鳥を落とすの勢いで輝きまくっていた。

そんな中で古澤さんの演奏は別の輝きを放ち始めていた印象があった。

私が21才の時である。
ジョージ大塚さんのグループを辞めてホッとしながらも落ち込んでいた時に友人のギタリストが参加していた古澤さんのグループを聴きに吉祥寺のノロに行った時のことである。
そこには古澤さんとテナーの高橋知己さんやベースのグズラさんもいた。
そこで僕は友人に紹介されてみんなと初めて挨拶をした。
みんな恐そうに見えたけど意外と優しく応対してくれたので驚いた覚えがある。

そんな中で古澤さんは僕の噂を知っていたようで
最初の会話がこうだった。
「おう、おまえが加藤か、おまえジョージさんとこのギターだろ、ギターは上手ければいいってもんじゃないよ」。

いきなりの古澤流先制攻撃にたじろいだけどなんだか嬉しかった。

それから数年後にベースの川端さん(故人)やギターの広木君らとやっていた古澤良治郎バンドの演奏を聴いて目からウロコが落ちた覚えがある。

古澤さんのあまりに魅力的なドラムとリズムに感動したのだ。

それはジョージ大塚さんや日野元彦さんとも違う古澤さんにしかない個性と魅力だった。
その時に古澤さんから何か大切な事を学んだ気がする。

人にはその人にしかできないその人の得意な表現があり個性がある。

僕はこれだっ!
それで充分じゃないか!とその瞬間に思った覚えがある。

二十代後半から西荻窪のアケタの店にひんぱんに出演するようになるとたまに古澤さんと遭遇した。
当時参加していたトロンボーンの向井さんのグループではレコードディングも含めて古澤さんと一緒に演奏する機会も増えていった。

古澤さんはクリエイティブで輝きまくっていた。

たまに挨拶してから話さないでいると古澤さんは「加藤、おまえは冷たいよ」などとつっかかってきた。

僕は内心ムカッ!

いつか本音で話して倍返しするぞ!
などと思ったものである。

それから十年以上たった
ある日、僕が39才の時だった。
いよいよ待ちに待った本音倍返しの瞬間がやってきた。

テナーの片山さんとのレコーディングが終わりみんなで打ち上げ宴会。
レコーディングの時からグズラさん以外は酒を飲んでいたから打ち上げの時点ですでに酔っ払っていた。

古澤さんからまたもやつっかかり攻撃。
「加藤は俺に心を開いていない閉じている」と言ってきた。

何たる事を言ってくるのだ!
ついに本音倍返し決行だ!

このチャンスをのがすまいと僕は本気モード全開で古澤さんに噛み付いた。

「そう言う古澤さんは俺に心を開いていないぞっ!」
「俺は昔から古澤さんが大好きだけど古澤さんは俺に心を閉ざしていて俺を真っすぐ見ていないんだよ!」

心からの本音倍返しだっ。
倍返しをくらった古澤さんはひるんで驚いていたけど嬉しそうだった。
それは古澤さんと初めて心が熱く通じ合った瞬間だった。

ちなみに、この時のCDが「そーかな?」というテナーの片山さんの作品。

それからは古澤さんは僕の事を認めてくれたみたいで対等に接してくれて関係が激変したのを覚えている。

これはミュージシャン同士の掛け替えのない熱い交流の思い出である。

実は古澤さんから学んだ事はとっても多い。


*グズラさん(望月英明)

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コメント

はじめてコメントさせていただきます。
古澤さんの訃報、本当に驚き、悲しんでいます。ウェブで古澤さんゆかりの方たちの追悼文を読みながら、私もいろいろなことを思い出しています。

投稿: 畑中久美子 | 2011年1月26日 (水) 20時49分

なんとも感慨深い話を聞かせてもらって感謝です。もうホットミュージックに、ひょっこり古澤さんいないんですね・・・。

合掌

投稿: 井上雄介 | 2011年1月18日 (火) 10時55分

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