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2010年3月

2010年3月31日 (水)

新宿ピットインでのインプロネコ集会

なかなか有意義で納得できる時間だった。
シューミーのピュアで一途な思いがみんなに伝わっている気がした。
シューミーイズムか?

みないい演奏をしていたと思う。
フリージャズやインプロはギンギンにやることもあるが、みんなしてガツンガツンやるだけがよいとは言えない。

セッションでワンバージョン10分から15分という限られた時間を意識しながら五割か六割くらいの表現でも気持ちが入っていてあまりだれずに無駄の少ない演奏ができた時は楽しいし充実もする。

またしてもインプロネコ集会はいい集いだと思った。

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2010年3月30日 (火)

阿佐ヶ谷ビィオロンとサックスの上村多一

先週の土曜日に阿佐ヶ谷のビィオロンという古い超レトロな音楽喫茶店でサックスの上村君とデュオだった。

ビィオロンという店は初めてだったけどアナログレコードのアナログな音にこだわった超渋い喫茶店だった。
ここは仕事ぬきにぶらっとコーヒーを飲みに行きたい店だ。

サックスの上村君とは去年くらいから遭遇し始めた。
今の音楽性は僕とは明らかに違うけど接点はある。
僕と同じジョージ大塚グループの経験者。

何回か会ううちに上村君の人間の素晴らしさに感心。
今後やり口の違う彼とどうなるか未知数だけど彼の人柄から学ぶ事があると確信。


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2010年3月28日 (日)

久しぶりの今村グループ

昼の新宿ピットインで久しぶりにコンガの今村さんのグループ。

久しぶりの参加。
いいグルーブで気持ちよかった。
相変わらず今村さんのコンガはいいなあ。
嬉しかった。

アフターは4月に共演する三味線と歌の柳家小春さんのソロを聴きに行く。
うーん素晴らしい!

今度ご一緒させてもらうけどどどどどどうしよう。

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2010年3月26日 (金)

高円寺次郎吉にて

歌手のアケミさんの組んでくれたセッションでデビュー以来の盟友であるギタリスト秋山一将と一緒だった。

秋山とは同世代でデビューの時期も同じころ。
お互いに昔から通じ合うものがありそれは違う音楽人生を歩んでいても今も変わらない。

そして昨日の演奏は笑ってしまうほどラフで楽しくてアバウト。
アケミさんもポップな日本語のオリジナルをやるのにこんな好き勝手な僕らを呼んで楽しむとはたいしたもんだと感心。

それにしても秋山とはあまり一緒に演奏する機会はないが、お互いにいつまでもこの世界で元気にギターを弾き続けていけたら嬉しい。

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2010年3月25日 (木)

ピグノウズでのセッション 2

参加したピアニストからblogにコメントが来ていたのでまた考えた。

フリージャズやインプロをやる人間には実にいろんなタイプがいる。

音楽のルーツも様々。

自分は30代の頃にたくさんの先輩の胸を借りて自分の思いやアイディアをぶつけてみたり自己実験したり違うルーツのミュージシャンともセッションを繰り返していた時期がある。
ロックやボサノバをジャズと同時に好きになったけどルーツがジャズだからジョンコルトレーンなどの昇天一直線にもあこがれていた。

思い起こせばいろんな時期があった。

アケタの店ではフリージャズピアニストの原田ヨリユキさんの強い気持ちや強い意志に惹かれていて原田さんから少し鍛えられた覚えがある。

ベースの金井さんやチェロの翠川さんにはスピード感のあるシュールな閃きや遊び心なども体験させてもらう。
ギターの高柳さんと長年活動をしていたドラムの山崎さんには長い時間高いテンションと強い意志でやり続けるという事を鍛えられた。
これは半端じゃなかった。
山崎さんのスピードと長い意志の持続力は他の追従を許さないくらい感服だった。

自分の意志の強さを示したくて心の剣を抜いてくだらないと思った相手や客に音で切り込んでいた時期もある。
どっちが本気でやってるか勝ち負けを意識していたりデカイ音でバンドをおおいつくしたり。
一撃必殺の思いで音をだしたり。
本気で怒って演奏してみたりハチャメチャしてみたり。

つねにその時期の思い込みがあったり頑な時期があったり傲慢だったり思い上がりの満身創痍だったり勘違いだったり誇大妄想だったり。
これは自己反省でもある。

一つの思い込みが強くて頑なすぎると他が理解できなかったり見えなかったりして二次元からは三次元が見えないみたいな状態にも感じる。

自分も含めいろんな奴の今がある。
それでいいと思う。

でも違う考えや感じかた思いかたを受け入れたり理解しあったり認めあったりしていけたらいいなと思うのだ。

さあ未来へ向かってこれからのフリーはどこに向かうのでしょう?
攻撃や戦いですか?
強い男気を示す?
本気合戦?

きっと平和です愛です優しさです。
世の中と人間の歴史を感じればもうそれしかないでしょう。
せめて音楽のつながりだけでも世界平和!

なんて思ったりもするのです。

でもいい音出したいし真剣にもやりたいものです。
コツコツコツコツ。

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2010年3月24日 (水)

中野ピグノウズでのインプロセッション

自分的には納得。

ワンバージョン10分前後の演奏で3クール。

一直線特攻燃焼タイプさんや加速度系突っ走りタイプさんにとってはとことんできて出し尽くしたかは?

しかし燃焼してハジケて出し尽くすだけが音楽ではないと思う。

時に六割程度のエネルギー発散でもよし。
時に静寂だけでもよし。
一途になれたり緊張感が持続できていたりちゃんと集中できたりクールだったり間のある演奏だっていい。

今日は空間的だったり静寂的演奏よりは突っ走り系の時間の割合が多かったけど内容や終わり方にはさほどだれた演奏もなく感じられたから納得。

勢いだけだったり変にオチャラケ過ぎたり遊びが過ぎる事もなくみんなそれなりにいい演奏していたと感じた。

フリーやインプロに遊びもあるけどストイックだったりピュアな奴の演奏は好感が持てるから好きだ。

日本という国の中でみんなして相乗効果が起きて成長できたら嬉しいことだ。

やってよかったと思った。

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2010年3月23日 (火)

基礎を身につけたいという思いに対して

自分の事を振り返る。

昔はあまり基礎の事は考えた事がなかった。

高校時代はくる日もくる日もただただ聴きまくって弾きまくっていた。

ジャズ喫茶は週に四回くらい通っていて、行くと最低でも3時間はコーヒー一杯で居座り続けて聴いていた。
家に帰ると飯以外は部屋でギター弾いたりレコード聴いたり。

兄に「ウェスモンゴメリーが弾けないとプロになれない」と言われたのを信じてウェスのレコードだけでも十枚くらいは聴きまくっていた。
ケニーバレルだけでも二十枚近くは聴いていたからオーソドックスなジャズギターだけでも百枚近くはくまなく聴いていたと思う。
上達するためにあらゆることをした。
クラッシックギターにも興味があったので二年近く近所の教室に習いに行ってみた。
潮先さんの教室に四回習いに行ってみた。
ジャズのライブもたまに聴きに行く。
バンドもたまにやる。

こんな高校時代にどんな基礎が身についたんだろう?

ギターを弾き始めて五年くらい、そのままの勢いで十九才の時にプロの世界に入ったから基礎という意識も欠落していたし基礎もへったくれもなかった。
プロになった時はまだ譜面も読めないし理論もわからなかった。
いまだに理論と譜面は弱い。
たよるは自分の得意な山勘とハッタリと耳!
憑き物に取り付かれたみたいにプロの世界へ一直線。

基礎練習はプロになって何年もたってからひたむきな努力の大切さに心から気がついてからは今も続いている。

自分はまだまだ。
だから死ぬまでコツコツシコシコ基礎練習の気持ちだ!

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2010年3月22日 (月)

最低人考察

最低に限りはあるか?
無限最低限界なし!

最高に限りはあるか?
これまた無限最高限界なし!

最低と最高を一直線上で思い巡らせないで三百六十度全方位に思い巡らす。

全次元無限なり。

数学発想。
最低はマイナス!
最高はプラス!
どっちに向かっても数学的には無限なり!
1割る3は決して0に到達したい!
これはミクロの無限なり!
ミクロ無限マクロ無限。

これ宇宙マジックなり!

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2010年3月21日 (日)

ホットにて

サロンでプーさんとゲーリーピーコックとポールモチアンのトリオがながれている。

思い込みの強い音。
なんていいんだろう。

プーさんの真剣な音を聴くと僕も身を引き締めてギター弾かなきゃ、なんて思う。

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2010年3月20日 (土)

最近の反省

後で気がつく失言。

うー 自分が発した失言は気がついた時はもう遅いから気がつかないほうが楽かも?

失言は冗談のつもりが失言になりうる内容の時もあればつい調子にのってぺらぺら喋り過ぎた時や素直に心に浮かんだ事をそのまま口に出した時に起きている。

後で気付く事もあるからまだ今後の成長の余地と救いはあるかもしれないが自分にまいる。

かといって変に口数をへらして自分を良く見せようなどとつくろったり逆に喋りすぎて自己フォローしようなどと振る舞うのは無意味なこと。

その瞬間の素直な自分でいて成長を待つしかない。
多くの人に対して年々オープンになれる自分には喜びも感じるがオープンにはリスクが伴うのだ。

オープンであるが故に自分のわがままなとこや傲慢なとこ自信過剰なとこだって時には露呈してしまう。
時には上から目線かもしれない。
謙虚に憧れていても自分はまだまだ。

ベースのコレヤス言わく「加藤は最低人一号」。
うーむ、なるほどとたまに納得。

自分の精神年齢は小学生とみた。

それでいいのだ!
いや、それでよくないのだ!

とグダクダ思いながらも明日からまた楽しくやるのだ!

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2010年3月19日 (金)

面白かった!

昨日は渋谷クラッシックスでボイスやピアノや鳴り物やエフェクトの蜂谷さんとパーカッションの岡部君とインプロだった。
自分的には気持ちよく最後までやりたい事ができて納得。
十年以上クリエイティブな活動を一緒にできている蜂谷さんには感謝。
そして面白かった!

であるが
「面白かった」と言われると「面白ければいいのか?」と冗談半分本気半分で答えることがある。

最近の若い子の多くはいろんな音楽や音を楽しむしコラボされた表現やパフォーマンスも楽しむ人や面白がる人が増えたと感じる。

確かにやっている側は楽しいし面白いとも感じていることも多いいから面白いと思われてもいいのだが、逆に問いかけたいと思うことがある。

面白ければいいの?
楽しければいい?

時代が違うからなんとも言えないが
昔ギターの高柳さんのライブや富樫さんのグループ、山下洋介のグループ佐藤正彦さんのグループなどを聴いて凄いと感動したりいいと感じても面白いなんて思わなかったし言えなかった。
時代のせいもあるけど自分にとってはそんなんじゃなかった。
真剣だったり強い意思や気持ちを感じたりして感動するものの、とても自分にはできそうにないすごい世界に対して面白いとは言いたくなかった。

当時の社会的空気感にもよるが、これからプロとしてその世界に踏み入れ素晴らしい先輩ミュージシャンと対峙していこうとしてる者として、そんな事を言う発想は当時の自分にはなかったのだ。

面白いのだから面白くていいのだが面白いにもいろんな種類があって見極めされたし。

何々ごっこで面白い?
盛り上がってるから面白い?
変な事してるから面白い?
無茶してるから面白い?

ハジケてれはいい?

ビジュアルが面白いからいい?

特にこれから表現しようとしてる人間がそんなんでいい?

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2010年3月18日 (木)

本との出会い

ごくたまに素敵な本との出会いがある。

自分の人生、必要な時期にいいタイミングで本に出会ったり与えられている気がする。

本とはいろいろな出会いかたをするけれど人との縁がきっかけになっている事が多い。

今年与えられた一冊目の本は「タオ 老子」 加島祥造著。

老子の言っている事を現代の感覚できわめてわかりやすく書いている。
自分にとってこの出会いは意味を感じるしいいタイミングで与えられた気がする。

読んでいたら尊敬し敬愛もしているアルトサックス者奏の宮野さんの事が浮かんできた。
宮野さんは誰もかなわないくらい謙虚な人だと思う。
宮野さんと一緒にいると自分はまだまだだと思うのだ。
宮野さんのことをタオ宮野さんと呼びたくなった。
宮野さんのことは敬愛の意味を込めて宮野仙人とか宮野住職と呼ぶことがある。
これからはタオ宮野さんとも呼ぼうと思う。

素敵な本を与えられた事に感謝したい。

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2010年3月17日 (水)

新しい歌手と

江古田フライングティーポットにて南山さんというアメリカ在住の若い歌手とやった。

彼女の歌は無理がなくナチュラルで等身大。
声も強い大きな声というわけでもなくて自分の声のまま変に作らないし誰かのスタイルに近いという印象もない。
ジャズを歌っていてもただ自分の歌をしゃべるように歌っているのがわかる。
声量も今の自分の声量で無理なく歌う。
けっして上手いわけでもない。

ジャズや黒人ライクとか変にスタイルにこだわっている人には彼女の良さはわからないかもしれない。

でも私は素直でいい歌手だなと思った。

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たまに思う事

自分は演奏していてたまに今ギターがいないといいかもなあと思う。

自分はトリオという形態が好きだけどジャズとしてはサックストリオが1番好き。
リーコニッツとエルビンジョーンズのトリオ。
オーネットコールマンのトリオ。

コード楽器がない空間は和音の断定感がへって聴いてると逆に感覚的な豊かさや広がりが増してくるから好きなのだ。
メンバー同士の音の距離感がコード楽器がある時とは違ってより見えない糸でつながっているような面白さを感じる。

ギタリストとして和音の世界は大好きだけど、いつか和音をいっさい弾かないで演奏して何かいい表現をしてみたいとも思う。

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最近の事

ホットのサロンで休憩しているとオーネットコールマンがかかっていた。

実に気持ちよい!
オーネットはたがの外れたたチャーリーパーカーみたいだ。

先週のライブでは久しぶりに渋さ仲間とやる機会があったり山崎さんのグループに参加したり。
フリー系が多かった。

やはり山崎さんのドラムは素晴らしい。
バイオリンの喜多君とのインプロは手応えありで納得。
やりたい事がやれた。

松風グループは十年以上やっていて飽きない。
いつもクリエイティブな気持ちで取り組めるからありがたい。

今週に入って一周間はボーカルやボイスとのライブが続く。
月曜日はサガユキとのシナプス。
シナプスは松風バンドと同じで十年以上同じやり方で演奏しているけど、今だにやりたい事が最後までできて手応えがあり自分にとっては納得がいく。
火曜はおなじサガユキと
ベテランギタリスト潮先さんと古いスタンダード。
目を振り絞って譜面に食らいつきながらもジワッと燃えた。

ライブ三昧の日々。
いろんな人とも会うからいろんなバイブレーションや想念やエネルギーに触れて疲れたりもするけどありがたい事です。

さあリフレッシュリフレッシュ!

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2010年3月 9日 (火)

今見ている韓国ドラマ

一つは「華麗なる遺産」
もう一つは「美しき日々」。

韓国ドラマを何作も見ていると共通のテーマやメッセージを感じる。

成功した人とその陰で浮かばれない人。
特権階級と下層の人。
これからの価値観。
幸せであるという事の意味。
そして家族の絆。
誤解と過去の秘密。
傷ついたままの心。
純粋むくで天使のような心をもった人。

韓国でキリスト教が広まったのがうなずける。

民族的にも感性的にも日本に1番近い国韓国。
本当は世界で1番理解し合える日本に近い国だと思う。

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3月のライブが始まった

日曜日は国立の奏でガットソロ。

奏に行くと毎回はす向かいにある「宇宙の家」という怪しい店に行っては手に触れて気持ちいいと感じた色の石を買っている。

石は僕にとってグッドバイブレーションによいのだ。

奏の上のムーハンで演奏前に軽い食事をしに行くとサプライズ。
最近は何年も顔を見ていなかった知ってる女性が働いていたから嬉しびっくり。
楽しい食事タイムを終えて奏にもどるとこれまた予期せぬお客が来ていて嬉しびっくり。

予期せぬサプライズは自分の人生にはしっくりきて感動ありがたや!

何も宣伝してないし寒い雨の日にもかかわらずある程度のお客さんが来てくれる。
演奏を始めるとみなさんが聴きに来てくれているのがひしひしと伝わってくる。

まったくありがたいことです。

アフターは軽いボサノバタイム。
駆け付けてくれた人や昔の生徒も参加してしばしなごみタイムだった。

月曜日はナッテルでシューミー君主催のインプロ猫集会というセッション。

みんないい演奏してた。
長年一緒にやってきたシューミーが積極的に自分の企画を始めて立ち上がったことは僕としては嬉しいかぎり。

彼女のこの企画はとてもいいと思う。
素敵な感性をもったミュージシャンの輪が広がり理解し合うようになることは自分の願う事でもありライフワークでもあるからだ。

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2010年3月 5日 (金)

今度の日曜日は国立の奏でガットソロ

小学生の頃から縁があって好きな町国立でソロギター。

奏0425741569という日曜日だけライブをやっている店ではアコースティック系中心のライブをやっている。

奏で行われているライブははジャズに限らずボサノバからクラッシックや日本の音楽まで幅が広い。

最近では奏から中央線ボッサや日本語ボッサも発信しようとしている。

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2010年3月 3日 (水)

韓国ドラマ「私の名前はキムサムスン」でおなじみのぬいぐるみを手に入れた

韓国ドラマ「私の名前はキムサムスン」でおなじみのぬいぐるみを手に入れた
韓国では豚が縁起よいらしい。
ドラマの中で豚のヌイグルミが毎回登場。
見ているうちにはまってしまい生まれて初めてヌイグルミが欲しくなった。
同じものをついに手に入れたのでした。

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2010年3月 2日 (火)

たまには音楽の事

生徒とクラッシックの曲をアナライズしながら弾いていると楽しい。

クラッシックの曲は思ってる以上に実は自由だったりする。
弾いていると年々いろいろな和声の動きが見えてくるしひらめいたり発見することもたくさん。

僕らは三度主体の和声を中心に当たり前の事として教育を受けている。

ジャズやボサノバになるともう一つ上の三度が加わってメジャーセブンスやマイナーセブンスが当たり前の感覚となる。

ジャズにはまると四度進行の世界が当たり前だという感覚に陥りモードジャズにはまると四度の音を積み重ねた和音が増えてくるからそれも当たり前だという感覚に陥る。

ジャズでも四度進行が主体になるとドミナントに位置するセブンス系の和音が増えて昔のスタンダードに多かったデミニッシュを使った微妙な動きやデミニッシュの和音が少しおいてきぼり。
クラッシックに多いい横に動く和声も少しおいてきぼりになり忘れさられる感がある。

モードジャズが進化して四度系の和音全盛になるとクラッシックの様々な和音があまり頻繁には脚光を浴びなくなる。

そんな中でブラジル音楽のボサノバ系の曲に見られる和声や進行はほどよくジャズとクラッシックが融合していると感じる事がある。
時にはその巧妙さに驚く。
ブラジルの偉大な作曲家ビィラロボスやカルロスジョビンには近代クラッシックの影響がありジョビンなどは自作の曲にそこらへんの融合した世界を巧妙に表現していて素晴らしいの一言。

ギターを弾いていて古いクラッシックの曲から現代音楽につながるアイディアや閃きを発見したり逆にジャズに多い四度進行が置き去りにした素晴らしい和声の動きを発見したりと楽しいかぎりである。

パットメセニーは画期的だったと思う。
もう昔と言えるが、当時ほとんどのジャズギタリストが踏み込んでいなかった五度系の和音を駆使して作ったオリジナルをひっさげてデビューしたからだ。
彼はかなり五度系の和音を研究したと思う。
五度系の響きがたまにありエキゾチックな個性のガボールザボという名ギタリストは昔いたのだが五度系の和音をそこまで開発したギタリストは当時パットメセニーだけだったと思う。

音楽の道は長く音楽の未知は広い。
長年弾いていると少しづつ発見があり音が見えてくる。

一歩一歩のギター人生も悪くない。

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