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2008年7月

2008年7月28日 (月)

ROOKIES

たまにテレビドラマにハマって感動してしまう。

内容は漫画タッチ。
不良高校生たちの野球部が熱血先生のおかげで甲子園に行くという夢に目覚めるというシンプルな青春ドラマ。

自分が高校生の頃を思い出すと、まさにプロギタリストになるという夢を追って夢の中で生きていたような気がする。

なぜか絶対にプロのギタリストなると確信していたから気持ちが折れる事もなく夢を諦めるなんてありえなかった。

夢は、夢に向かっ生きていられる時が幸せであり
夢を達成した後が重要だったり大変だったり。

達成した後にその先の新たな夢があるかないか、その夢も最初の夢と同じかそれ以上に熱い強い気持ちがあるかないか。
ここらへんが重要になってくる。

自分の場合は19才でプロギタリストになってしまい最初の夢や目標は達成。
夢がかなってからは、安心してしまい再び熱い気持ちになるのには時間がかかった覚えがある。

ウサギと亀でいえばウサギだったわけで、亀に切り替えるのにしばらくの間ジタバタ。
ウサギは練習そっちのけでしばらく遊びほけていた。

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2008年7月25日 (金)

ボブ斉藤と会った

何年ぶりだろう?
いや、何十年ぶりだろう?
僕はアケタ店でライブ。
演奏前に西荻をブラブラ歩いているとテラというライブハウスの看板が目に入った。
今日の出演者を見るとボブ斉藤の名前とよく知っている関根真理の名前があった。
時間があったので店に入って行くとカウンターで酒を飲んでいる二号がいた。二号とは大学時代の仲間がボブ斉藤を呼ぶ時のあだ名だ。
つかのまの嬉しいひと時。
ボブ斉藤とは大学時代のジャズ研の仲間だった。
その頃はみんなで呑気なダラダラ生活。
一年後輩だったけど歳は同じでプロになってからはお互い違う場所を活動の場とし違う道に進んで行った。

巡り巡って今年の9月に一緒にやる事になる。
縁の流れとは面白いものだ。

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2008年7月22日 (火)

お楽しみセッションとレコーディング

最近、昔の仲間の関係で
これまでとはまた違うミュージシャン達とのセッションレコーディングに参加している。

彼らはずっと有名な歌手のサポートやスタジオワークを専門にやってきたミュージシャン達でその世界では筋金入りだ。

みな初見に強くタイトなリズムに豊富なポップセンスを持ち合わせている。

僕はその中で好きに泳がしてもらい遊ばしてもらっているみたいなもんで、日頃演奏している時のエフェクティブな効果音などで遊んだりロックギター弾いたり。

内容はファンクやロックだったりボップ調だったりしてなんだか可笑しい。

年齢は皆五十歳を超えていて同じくらい。
違う音楽人生を歩んできたプロフェッショナル達との交流もこの歳になると新鮮で刺激にもなる。

人生におけるこのような新しい流れや出来事も自分らしくて可笑しい。

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2008年7月19日 (土)

明日は祖師ヶ谷大蔵のムリウイにて夢デュオ

歌のシューミーとは月に一度くらいこのデュオをしている。

ルバートやVERYSLOWなバラード、フリーからボッサにわたるオリジナルのレパートリー。
無駄のない静寂の中で気分のおもむくままイントロを弾く。
イントロは一人だけの貴重な儀式。
やがで歌が加わり第二楽章。
第三楽章は再び私の責任重大な自由時間。
やがて歌を迎い入れて第四楽章。
底にただよう静寂と穏やかなバイブレーション。時に熱く時に優しく時にクール。
泣いて笑って不安にもなって時には投げ出したくもなり傷つきもする人生の中でのかすかなる夢と希望。
捨てる神あり拾う神あり!

縁とは摩訶不思議!縁はいつ不意におとづれて、いつまた突然消えてしまうともかぎらない。
壊れる縁は壊れるし壊れない縁は壊れない。
縁も行き着くとこは天上界と周りの皆様のお陰だと思う。

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2008年7月18日 (金)

夜中のひと時

夜中、憩いのひと時。
今日もアンバートンを聴きたくなった。

アンバートンはもう25年以上も昔のことだけど、自分が唯一足を運んで聴きに行ったことのあるジャズ歌手だ。
一度は中野サンプラザホール。もう一度は吉祥寺のサムタイムだった。

アンバートンはヨーロッパの女性歌手。
サムタイムで一度挨拶をしたことがあった。
その時彼女からすぐさま微笑んだ笑顔がかえって来たのを覚えている。
アンバートンはとてもきゃしゃで小柄で歌同様に優しい感じの人だった。
もう何年も前に彼女は他界してしまい、とてもがっかりした覚えがある。

ルイスバンダイクトリオの伴奏で力の抜けたバラードが何曲もたんたんと続く。

聴いているとえもいわれぬ優しい気分になってくる。

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2008年7月12日 (土)

鈍痛と激痛の日々

ァヤー まいる!
家にると五十肩がひどくて動けないから寝転びながら始終体勢を入れ替えてごろごろ。
ごろごろして食ってまたごろごろ。
ごろごろ生活二ヶ月目、なんだかお腹がたるんできてしまった。

なぜかステージでギターを弾いている時は痛みを忘れているものの、たまに調子に乗って左手でギターを叩いては激痛にウッ!
あーなんて馬鹿な事を、などと思っても時すでに遅し。

とはいえ、ライブでギターを弾く幸せには五十肩の痛みも勝てないわけで、「わかったか!五十肩!俺の音楽快楽には勝てんぞ!」

さて、家に帰ると待ってましたとばかりに五十肩痛の反撃開始。「ウェッヘッヘ!どうだ加藤痛いだろ!」

トホホ!
「勘弁して下され五十肩様、みんな加藤が悪いのです、どうか見逃して下さい」

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2008年7月10日 (木)

もう今年も後半戦

半年があっという間にすぎてもう七月。

数年前からギターアンプを使わないでガットギターを弾くのがたまらなく好きになってしまったせいか、大音量のグループやドラムとやる機会が減ってきた。
その代わりガットギターソロや歌手とのデュオ、ブラジル音楽関係など小編成のライブが少しづつ増えているような。
これもなんとなく自然の流れのような気もしている。

フリーもインプロ系もあまり自分にとってやりにくかったり納得いかないいと感じるセットは、たまに引き受けたライブを楽しむくらいで以前ほどはやっていない。

自分のリーダーとしての活動はガットギターのソロかエレクトリックギターのソロ、それにFISというインプロセッションと年に二三回のエレクトリック渦くらい。

そんな中で、今日は以前から注目していた澁谷盛良というベーシストとのデュオだった。

彼は温厚で優しくて自由なマインドの持ち主。
アンプを使用しない彼のハートとベースの音色は僕のガットギターと絶対にハモると思ったのだ。
人と人がハモるという現象は楽器が上手いだけじゃあ上っ面でしか成り立たない。
その人がいかなるマインドの持ち主でありいかなるハートの持ち主であるか、という事の方がはるかに重要であり大きい。
と僕は考える。
しかも澁谷はフリーに向いているんじゃないかと予感していた。

今日は一曲スタンダードを演奏した以外はオリジナルをやってみた。

嬉しいことに澁谷のフリーはとても良かった。
うーん、やはり思ったとおり。

このセットはまたやりたいなと思った。

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2008年7月 4日 (金)

夜中

昨日8時間以上教えてギターを弾きまくったというのに、夜中にまたごそごそとギターを弾いてしまった。

童謡を数曲。
8月にお袋の入っている施設で遂にソロギターを弾く。
どうなるかはわからないが今から不安とワクワクで楽しみだ。

今日も予定では10時間教える事になっている。恐らく教える時にギターも弾きまくるからちょっと弾き過ぎかも?

生徒に弾かして見ているのは好きではないのだ。
だからセーブできなくてどうしても一緒にギターを弾いてしまう。
おかげで帰る頃には腕はガタガタ状態。
次の日の朝起きるともっとガタガタ。

これじゃ五十肩にいいわけがない。

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2008年7月 2日 (水)

オフとリセット

今度は秋葉原で唾を吐きまくった男性が捕まったらしい。

人の持つ不満や憤りのエネルギーがこんな形で外に向かうのはあまりにも寂しい。

秋葉原はずっと電気製品やオーディオの部品関係専門の街だったのに巨大化して化け物のような街になってしまった。
街が活性化したのはよいが化け物とかした人間までもが来るようになってしまったのか?

東京は世界的に見ても類のないくらい巨大な街で、街自体が化け物と言ってもいいくらいだ。

せめていたる所に広い草原があったり大きな森や林があったらいいのに、と思う。

こんな化け物みたいな巨大な街にいると、本来はいろんな喜びや幸せがあるはずなのに幸せ感覚が麻痺してしまいそう。

今日はオフだったので久しぶりに散歩して木や植物の臭いを嗅いだり、その波長に触れてみた。

自分は元々たくさん人のいる大きな街にいて、まるで先を争うかのような目まぐるしい音楽活動をしているよりも、ゆっくり森の中で自然と波長を合わせている時のほうが自分の魂にとっては真の幸せを感じる。

人間のたくさんいる世界と違って自然界には嘘がなくて病んでいたり勘違いなバイブレーションもないのである。

そんな自然のバイブレーションに触れていると、揺れ動きがちな表の自分は沈まって来るから本来の魂は静けさの中で次第に落ち着きを取り戻して行くように感じる。
すると今度は逆に本能の方も活性化して来るような。
そんな時、自分の魂はニコッとして「これっ、これですよ。私はこれを待っていましたよ加藤君」と言っているような。

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