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2008年5月21日 (水)

義理の父の死

義理の父は生物学者だった。

20年くらい前に父の本棚を興味本位で覗いたことがあった。
生物学者はどんな本を読んでいるのだろう?
そんな好奇心から本棚を見ていると一冊の本が目に止まった。
「生命の科学」という題名で著者がジョージアダムスキーと書かれていた。
私はアダムスキーという名前がどうしても気になってしまい本を手に取ってめくってみた。
これが私と円盤研究家ジョ−ジアダムスキーとの出会いだった。
これは私がこの時期に精神世界にはまるきっかけとなった大きな出来事の一つだった。

父は70歳を過ぎる頃にソシアルダンスを始めた。
かなり熱心に通いサークルの人たちからも親しまれていたようだ。
自転車を乗り回し、何キロも先の町に行ってしまうくらい元気な老人だった。
優しく控えめな人柄ながら近所の人には大人から子供まで誰に対しても自分から笑顔で挨拶する人だった。

控えめで挨拶上手。
これはなかなか真似できる事じゃない。私なんぞはとうてい頭が上がらない。

自転車に乗っている時に交通事故に遭い片足が不自由になってからも前を向いて生きていた。
相変わらず控えめで挨拶上手。
たまに健康食の知識を楽しそうに授けてくた。

父は今年になってから「ギターをやるんだ」と目を輝かしなが言っていた。
足が不自由でほとんど歩く事が不可能となりながらも依然としてその気持ちは前を向いていた。
この超ボジティブなハート。見習えるものなら見習いたい。

とにかく、学者気質とでも言ったらいいのだろうか、学ぶ事に幸せを見出だしている人で、優しく控えめで忍耐強く、見習いたいと思う事の多い人だった。

義理の父は今年九十歳になるところだった。

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