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2007年11月

2007年11月29日 (木)

久しぶりのギタースタンダード。

サムタイムで春と秋に、トリオとしては今年3回目の数少ない演奏だった。

ごくたまにガットギターでおもいきりスタンダードを弾きたいがためにやっているのだけど、ここは3ステージ、ついついいつもの習慣で最初の2ステージで過剰テンションになりエネルギーを使い果たしてしまう。押さえてリラックスして楽しんでいるつもりがやっているうちにフリージャズやフリーインプロビゼーションをやっている時のモードにギヤーチェンジ。自分でもこればかりはどうしようもない。

最後のセットになると手はガタガタ、息が上がってしまう。トホッ

しかしガットギターを弾いていると毎度新しい感触がある。

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2007年11月28日 (水)

最近行ってみた個展

一つは自分の個展の時に設営を手伝ってくれた刈谷じゅん子さんの絵。

本駒込のタヌキ食堂で消え行く昭和の建物や町をを描いた絵の個展だった。

いつも彼女の絵からは愛する古きよき日本を失いたくない、残っていてほしい、記憶に焼き付けておきたい、という情熱が伝わって来る。そんなシンプルで純粋な思いで描いているんだなあと感心。彼女の持っているようなただ表現したいという気持ちで音楽が続けられたらいいな。
タヌキ食堂は昭和20年代の造りを保っていて、まさにオールウェイズ三丁目だった。

もう一つの個展は蜂谷初と一君の俳句と絵。

神保町の、ここもまたかすかに昭和の香のする場所だった。

彼の中に今も失っていない子供の夢や気持ちが伝わって来る。そしてさりげなく楽しんでいる絵だなあと感心。

二人に共通しているのはただ描きたいという純粋な気持ちだなと思う。
僕もそんな表現が一生できたらいいな。まわりのふとした知り合いや仲間から教えられることって有り難く貴重な事だと思う。

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2007年11月26日 (月)

たまに人は私の事を天才と言われますが!

決してそんなもんじゃありません。

中学3年くらいからレコードが擦り切れるくらいジャズを聴きまくり、高校時代はほぼ毎日ジャズ喫茶に通い、解らないとこは寝る時に聴きながら睡眠学習のつもり。クラッシックギターをジャズギターを習い、リズムを学びたくジョージ大塚ドラム教室にも出入りし、わかりたいリズムは踊ってみて学んだり、女の子に目もくれずギターを弾きまくっていた思春期。

刀の達人!塚原ボクデン的発想とハッタリが効をそうしてプロになったもののすぐ化けの皮が剥がれ使い物にならずにっちもさっちも。

勢いで短い期間に上手くなったものの山勘と博打的プレイは努力している人にはかなわない時があります。

十代からの膨大なタタキアゲと二十代半ばからの音楽研修やり直しによる今日です。しかも元々ギターを速く弾くのは苦手。

山勘とハッタリは得意だと勘違いしておりますが、決して天才なんかじゃあありません。むしろ天災!

えー コメントくれた方アリガトウ!
なにせパソコンは下手くそでまだ?だらけ。返事が遅れて申し訳ありません。このblogはなんとか使える携帯からやってます。

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五日続いた個展ライブが終わった。ヤレヤレ

インプロにブラジル音楽にスタンダード。
一見支離滅裂な企画だけど自分の中ではどれも同じ波長だ。五日間で無理なく出し尽くせた気がする。

最終日のスタンダードナイト。ワンステージ終わったところでさすがにガス欠になる。
セカンドセットのインプレッションはもう気持ちだけでマラソンで言うと息があがってしまった。
悔し〜い 、練習していつかリベンジだ!
こうして死ぬまで続くのがジャズ人生。幸せなことに、音楽には終わりなんてないのだ。
五日間いろんな個性と触れ合った。みんな少しづつ成長して輝いてほしいと思う。

五日間の多くの共演者と来てくれたお客さん絵を買ってくれたお客さんには心からアリガトウと言いたい。

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2007年11月25日 (日)

ボーッ

明日は若い連中とスタンダードをやるから夜中に少しギター触っておこうかな、なんて思ってもオックウだっオックウだっ!

爪は少し伸びすぎちゃってるから切って整えるかなと思うけど、オックウだオックウだ!俺は今オックウなんだ!何もできない何もしたくな〜い。

というわけで夜中に抜け殻ゴロリン。

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2007年11月21日 (水)

夜テレビを見ていて

先生仕事が予定より早く終わり11時くらいに家に帰り着いた。

ボケッとテレビを見ていたら吉永小百合がでていた。還暦過ぎてるのに相変わらず綺麗だなあと思う。

2時間後くらいだったか、またボケッとNHKを見ていた。
テレビでは友達がいなく自分に自信が持てなくて悩んでいる女の子の事を取り上げていた。
それは仲間たちと先生との話し合いの場面だった。

うーん、先生も含めてなんか一つの枠で考えて解決しようとしているような気がした。
自分にも思い当たる時代がないことはない。
仲間や友達がいないと感じると寂しいし孤独感があり楽しそうにやっている連中が羨ましかったり。友達がいなきゃだめだと思い元気で明るく積極的でなければだめだと思い、そのような事で自分を責めて自分に自信が持てないとしたら、これって世間が押し付けたマニュアルを中心に考えたり自分を判定しすぎなんじゃないかなと思った。先生も含めてその中で答えを出そうとしても堂々巡りなんじゃないかなと思う。

まず友達がいなければいけないのか?元気がなきゃ駄目?明るくて活発で積極的じゃなきゃ駄目?なんで駄目なの?

こんな視点があった方がいい。
丸大ハムのCMで「子供は元気で明るく活発」みたいなのがあったけど、これには異義を唱えたい。

いろんな子供がいるんだ!元気で明るくて友達が沢山いて活発なだけが健康な子供の代名詞みたいな発想は大人の期待する一つの形にすぎない。
こんな狭い価値観の中でがんじがらめになってもがいたって答えは出るんだろうか?
内向的で静かで優しい子供だっている。人と和むより静かな世界を好み本を読んでいる方が幸せな子供もいるし、そんな時期だってある。狭い価値観が必要以上に本人の不安をあおっているのではないか?
極端かもしれないけど、その時期に必要性があってたまたま友達でいたり仲間だったり社会のひな型のような打算的でおざなりな友達や仲間ならいなくたっていい、くらいのしっかりとした思い方や発想があっていいと思った。
先生だったら「人は十人十色。魂の兄弟を見つけるのは時期がくるまで学び続け待ちなさい。そして楽しみにしていなさい。いまにそんな事が起きるよ。今君が友達がいなくて孤独感を味わっているのは君にとって考えたり学ぶチャンスで意味があるんだよ。一人という時期も必要だよ」くらいの事言ってほしいな。

でもその子の今生きている環境や世界で本気で悩んでる子供にとったら深刻でそれどころじゃないのかな?人の本気印に触れたり出会いたいのかな?

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2007年11月20日 (火)

明日からナッテルハウスにて個展ライブ

絵の個展ライブが今年でもう五回目になるとは自分でもビックリ!

幼い頃大人になったらなりたかったのが画家や漫画家やイラストレーター。
小学生の頃は画家では山下キヨシが好きで漫画だと白土三平のタッチが好きだった。イラストは中学生の頃にサイケデリックロックがはやり、レコードジャケットの絵に惹かれていた。

小学生の頃、美術の授業中に課題の絵そっちのけで好きな絵を描いていたらその年で1番こっぴどく怒られたことがある。

宗教画で裸の人がたくさんいるのに陰部が描かれていないのが疑問で、ある日自分で描いてしまった。

イエス様が十字架にノーパン張り付けの絵だった。もしかしたら本当は素っ裸だったんじゃないかと思った。チンチン丸出しの絵だった。

この絵が見つかってみんな大騒ぎ!まあ、神を冒涜したという事だろうけど、全生徒の前で素っ裸にさせられそうになった。この仕打ちはなんとか免れたけど間一髪ヤバカッタ。多感な頃だから風呂の時でもないかぎり、みんなの前でチンチン見られるなんてたまったもんじゃない。
先生はそのくらい激怒していたっけ。

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2007年11月15日 (木)

絵を描いた。

21日からの個展に備えて絵を描き始めた。

描きだすと眠っていた火山が活動を始めたみたいに、たまっていたマグマが噴出する感じ。今の精神状態を一言でいうならば、「ガオーッ」

描き始めると覚醒状態が続きしばらくは治まらない。興奮して寝れなくなってしまう。まさに異常事態。もう止まらないったら止まらない。目玉と能の状態はおかしくなるし体はフラフラで足腰はガクガク。

その間に学校やライブがあるから絵を描くのは夜中になってしまう。ひたすら狂ったように描く事に夢中になっているわけで、時間の感覚もなんか変。

こんな時のライブは超ナチュラルハイで覚醒しているからいつもとはまた違った感覚で気持ちよくておかしい。

木曜は新宿ピットインでシューミーとデュオ。いい音を出せたらいいなと思う。

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2007年11月 8日 (木)

昔の生徒からのコメント

優しくて繊細で正義感のある若者だという記憶がある。人のために身をなげうつ事のできる奴だった。
一度寺下合宿に来た時は愛機175Dで透き通るような優しい音とバイブレーションを感じた。

十年ぶりのコンタクトに感動ひとしお。

鬱病のさなかホントにありがとうと言いたい。他人のために魂をおしげなく与える生徒というより人なのだからキミの生きざまは間違ってはいないと思っている。僕にはとてもそこまで出来ないと思います。キミの鬱病は良い魂を使って擦り減ったのかもしれない。
僕は気持ちだけど応援してます。コメントありがとう。

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2007年11月 6日 (火)

自分の中で続いているオールウェイズ三丁目の夕日

もう五十年近く通っている銭湯がある。 武蔵野市八幡町にある岩風呂という銭湯。

昔、ここらへんには戦後まもなく建てられた応急の仮設都営住宅がたくさんあって、そこに住む人達はこの岩風呂に通っていた。 僕の住んでいた家は今の柳沢三丁目、東伏見の都営第二住宅。 近所には銭湯があり小学三年まで通っていた覚えがある。 行きつけの銭湯が休みだったりすると気分転換に少し離れた岩風呂へ行っていた。

今日はオフだったので岩風呂に行ってみた。 昔からずっと同じ内装と湯舟で今も変わらない姿を保っている。 風呂から上がり着替えていると脱衣所で銭湯の親父さんが声をかけてきた。

「最近の若者はマナー悪いねえ、飲んだ空き瓶おいたまま帰って行くからねえ」 「八十過ぎてもお迎えが来なくてさ、女房と相談して準備してたんだけどまだ死なないんだよ」。 

きっと、みんながまだ銭湯を続けてほしいという事ですよと言うと、「死ぬまでやるよ」という返事が帰って来た。 僕はその言葉を聞いて嬉しかった。 親父さんから癌を患い先は長くないと聞いているからだ。

                                           

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2007年11月 5日 (月)

ビデオに録画しといた「オールウェイズ三丁目の夕日」を見た

すでに見た人が懐かしいと言っていたがそのとおりだった。

ある日、洗濯機がテレビが冷蔵庫が掃除機が扇風機が。 その度に家族中で目を輝かせて大喜びしていた。 きわめつけは小学三年生の時に家風呂ができた時。 僕ら家族は風呂のない木造平屋の都営住宅に住んでいた。 さっそく両隣の家の子供が入りに来たりした。 思い出してみれば夕方過ぎた時間帯からは今より暗かったし星もよく見えていた。 

行きつけの駄菓子屋に上がり込んでクレージーキャッツのスーダラ節を歌ったり、テレビのない頃は力動山や月光仮面を見に隣の家に上がり込んだり、近くの広場で街頭テレビを見たり。
原っぱで遊び大きな土管の上で遊び、夜になると恐い父親が帰って来る日々だった。 ちょうど自分の幼少から小学校三年くらいまでの記憶どオーバーラップして懐かしかった。

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2007年11月 1日 (木)

プロフィールに書き忘れた事

高校時代にクラッシックギターを一年半、ジャズギターを四回ほど習いました。

クラッシックギターは近所の看板を見て飛び込んでみました。 先生の名前は今思い出せません。 中級になってだんだんと難しい曲になり譜面に追われる日々がやってくると、ジャズギターに時間が費やせなくなってしまい通うのを辞めてしまいました。

ジャズギターは今では貴重な大ベテランである潮崎郁男さんに数回習いました。 一年後輩の岡村誠史君にバーニーケッセルの事だったら日本で一番わかっている人だという話しを聞いて行ってみました。

高校二年の頃はバーニーケッセルやジミーレイニー、タルファーロウなども聴きまくっていて、わからない箇所を知りたかったのです。 今私はジャズといっても自由なスタイル。 岡村君が確固たるオーソドックススタイルのジャズギタリストだというのも、人生とは摩訶不思議です。 彼は高校時代ロックやプログレ、私はスウィンギンギターにハマっていたのです。

潮崎さんはとても謙虚な方で、話される事も謙虚なら予定より長い時間レッスンしてくれるはレッスン料を受け取ろうとしなかったり。 数回のレッスンはバーニーケッセルのコピーの細部の確認など楽しく有意義なものでした。

潮崎さんは最近ピアノの渋谷さんやサガユキらと元気に演奏しているようで嬉しい限りです。

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