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2007年9月

2007年9月30日 (日)

今日

今月最後になんとか2日続きの休みを確保していた。 地方の温泉にでも行く予定だったけどやむなく中止。 昼すぎに母のいる施設に顔をだし2時間ほど過ごしてから吉祥寺に行く。 休日には昔から地元の吉祥寺に行くことがごくたまにある。 なんとなく行ってしまうのだ。

ちょっとした買い物の後に居酒屋さくら水産に行きビールと食事を堪能。 すっかりほろ酔い気分のままサムタイムに行ってみた。 サムタイムは開店当時、19歳の時から2年ほど週2日レギュラーで出演していたこともありプロとして自分発祥の場所でもある。 いわば故郷のような所だ。 オフの日はごくたまにブラッと行くことがある。

今日はボーカルの河原厚子が出演していた。 彼女は大学時代の同級生、今も現役で頑張っている。 素敵なハートを持っていてたいした奴だ。 ベースは旦那の河原、ドラムは悪友でもある小泉。 二人とも20歳頃から知っている仲間だ。 ピアノは羽仁だった。

楽しくもありジーンと来る場面もあり、いい演奏をしていた。 みんないつのまにやら50代、たたきあげてるなと同胞として感心。 まさにプロだ。

思うに、ミュージシャンにはいろんな個性がありいろんなジャズがある。そ してみんな個々に役割があるように思う。 同級生の河原厚子は努力とハートの人で長い年月をかけて本当に叩き上げて来たなと思う。 ベースの河原は昔から地味なポジションにいて今でも相変わらず誠実なベースを弾き続けている。 そしてヒップホップも踊るという。 ドラムの小泉は、昔ドナルドベイリーという日本にいて僕らミュージシャンから愛された名ドラマーの音楽性を一番吸収している奴だなと感じた。 羽仁もいいプレイしていたと、みんなに感心。

とかくフリーをやっていたりするとスタンダードやスタンダードをやっている連中を馬鹿にしたりすることがある。 またその逆もしかり。 でも知らないで思ったり言ったりしていることもあると思うのだ 。本気でやり続けている奴の多くはは皆ヒップでけっこうイカシテイル。 決して馬鹿になんかできないと思うのである。 フリーやっていようがスタンダードやっていようがみな音楽馬鹿。 ちゃんとキャリア積んで来ているというのはすごい事なのだと思う。 皆それぞれの分野でやっている役割と意味があると思う。 今日の休日三昧は収穫あり。 俺も頑張らねば。

                                                

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2007年9月29日 (土)

ギターソロ

もう始めてから20年以上。 始めた当時は5分ともたなかった。 あとはイメージ通り思い通りにはいかず必死に悪戦苦闘。 何も考えずにやろうとしても自分の引き出しにはまだイメージだけで何も入っていなかった。 経験も知識も技術もハートも力不足。

アケタの夜中の部で二十代の終り頃にやり始めた時は時折ピアノの原田さんや渋谷さんが聴いていたりしてビビりながら弾いていた。 見透かされているようで内容的に嘘はつけないし閃いていないのに無理して弾いてもハートも含めバレバレじゃないかと思った。

今思うとこのプレッシャーの中でやれたことがとても良かった。 続けているうちに徐々にやりたい事の持続が長持ちするようになりノミの心臓もすわって来る。

最近ようやく少しづつではあるけれど、いろんな気持ちでリラックスしながら集中して好きに弾けるようになって来たような気がする。 技術的にはまだまだではあるけれど、とにかく気の遠くなるような長い道のりである。

交響曲や長編オペラや組曲などの世界を時間をかけて作曲するのではなく一晩のステージ上で即興で出来ないものか? ジャズ屋なら出来るはずだとの思いでクラッシックに挑戦状をつきつける気持ちだった。 即興の中には自分のあらゆる気持ちを表現しよう。 愛も怒りも喜びも悲しみも叫びも強迫観念も夢も暗い気分も明るい気分も。 自分の曲をやるにせよ他人の曲をやるにせよインプロにせよ全て自分から出たものを表現しよう。 その瞬間の気持ちを表現できたらと気持ちだけがオーバーワーク。 意気盛んな頃の若気の至りである。 

ガットギターにはまりエフェクターを使いまくるエレクトリックにもはまり、フリーをやるなら、そしてミュージシャンとして一人前になるにはソロができなければ駄目だとも思っていた頃でもある。

                                              

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2007年9月28日 (金)

ギターを習いに来ている方々にあえて言いたい事

頭で想像する以上に道は長いと思う。 マラソンは42.195キロだけどギター人生には自分でゴールを決めない限りゴールはないと思う。 もしゴールがないのにいつまでも気持ちが走ってばかりでは辛くなってしまうと思います。 早めにスローダウンして歩くことをオススメします。 いっその事アキラメの境地になれたらなってください。 

世の中に上手い人はたくさんいます。 またほとんどの人がキマジメに努力なんて出来ないし怠け好きです。 どうせアセッテ空回りばかりで前進できないのなら、開き直って一日一歩です。 それが続くかどうかはどれだけ音楽がギターが好きかにかかってきます。 その蓄積を信じて楽しんでほしい。 一日一歩を続けていればその先には思いもしなかった事が起きるし待っていると思います。 それはなにも上手くなるだけじゃなくていろんな事です。 

ギターを通じて‥‥ ギターがきっかけで‥‥ 思ってもいなかった発見や喜びや学びが、気付きが閃きが出会いが、そして何かが。 なんて思います。

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2007年9月27日 (木)

チョコレートの入ったコロネパンて意外とない

パン専門の店だとあるけどコンビニエンスストアーには意外とないのがコロネパン。

よく仕事前や仕事後にコンビニエンスストアーに寄ることがある。 喉の渇きを潤すかちょっとだけお腹に食べ物を入れときたい時にパンコーナーに行ってコロネパンをさがすのだ。 人気があるのか意外と見当たらなくていつもがっかり。 たまに見つけると嬉しくて買ってしまう。 たいていは行き帰りの車の中でお茶か野菜ジュースを飲みながらムシャムシャ食べてしまう。

でも今日はライブの前に近くのコンビニエンスストアーでそのコロネパンを発見。 ラッキー! この機会をのがすまいとさっそく買って演奏直前にムシャムシャ。 食べていたら今日一緒にやるボイスの蜂谷さんが偶然にもコロネパンを買ってきてくれた。 なんと嬉しいことか。 というわけで幸せのコロネパン三昧となった。

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2007年9月25日 (火)

過呼吸の事

今日はオフ。 昔から家族付き合いをしているギタリストの奥さんが子供とホームステイしているカナダの子を連れて遊びに来た。 なんと可愛いらしい子だろう。 とにかく足が長い。 カナダではスケートをやっているとのこと。

最近過呼吸で苦しんでいる人がまわりにいるので、ギタリストの夫君がどうやって病気を克服したのか奥さんに聞いてみた。

どうやらかなり霊能力的にすごい先生に治してもらったようだ。 なんでも相手の事がわかってしまうらしい。 彼が病気の期間に酒もたち食事に気をつけてウォーキングなどして頑張っていたのは知っていた。 先生に頼るだけでなく自分でも努力していたと思う。

この先生の場合、患者の悪い部分を自分に移してそれを宇宙に飛ばすというやりかたらしい。 この場合の悪い部分とは病気の原因となっている心や霊的なものだと思われる。 やりたくない事をずっと長い間やっていた。 おそらくしたくない人間付き合いもあったと思う。 遠慮したり我慢したり気を使っていたりもあったと思う。 今までのバックバンドの仕事を辞めて好きな音楽だけを好きな仲間とやるようになってから、みるみるうちに治って行ったという。 自分がリーダーのバントをやるように勧められたそうだ。

自分の場合、霊的な事は専門家ではないので感性でとらえたり想像はできるけれどハッキリわかるとは言えない。 ただ、心の事は少し解るような気がする。 

彼の要因はそれでも比較的シンプルだったかもしれない。 彼の場合は自分の心が選択して育つ以前に圧倒的な常識力や理性力などでがんじがらめにはなっていなかったのが良かったと思う。 このがんじがらめというやつは本人が気付かないでいる場合はたちが悪い。 先生に言われて一生懸命好きな事をして気持ちをリラックスさせて生活しても、根っこの部分がすでに無意識のうちに自由ではないから効果がなかなかでないと思う。 相変わらず自他ともに許せない事が多かったり受け付けない考え方もあったりいけないと思う事も多かったり。 そこで与えられた薬にずっと依存せざるをえない状態が続いてしまう。 

根っこの部分は人によって違うだろうしややこしい。 たとえほぐれたとしても、その人が今までと同じ感受性と理解のパターンを繰り返している場合はどうどうめぐりな気がする。 など、いろいろ思い巡らしてみると実に奥の深い病気だと思う。

                                       

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2007年9月24日 (月)

今月の加藤Solo

九月二十八日金曜
入谷ナッテルハウスにて夜8時すぎくらいから演奏。 ガットギターかエレキエフェクトかはその日の気分か弦のコンディションによります。

ガットの場合はオリジナルありインプロありスタンダードあり。 表現形態はアドリブ瞬間交響曲を昔から目指しています。

エレキエフェクトの場合は曲はほとんどやりません。 インプロ系ノイズ要素メロディやサウンドワークもありで、これも昔から瞬間交響曲を目指しています。

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久しぶりに酔っ払っちまった!

杉山の披露宴。 ついお別れが寂しくなって降りた駅が吉祥寺。 降りたら終電に乗れなくなるけど、エイッ!  二次会の誘惑に勝てないー

いつのまにやら解散一人ぼっち。 ウヒャー今からどうしよう?  根性で歩いて帰るぞー  テクテクトボトボ。 俺ん家は所沢の手前、吉祥寺からなんて死んじゃうー

でも楽しかったなあ。 みんなナチュラルみんな綺麗みんな可愛いみんないい気持ち。

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2007年9月23日 (日)

日本のブラジル音楽の世界について思った事、まだ狭い!

今日、ブラジル音楽を専門にやっているギタリストと話をした。 彼がいっしょにやったりする人の中には小野リサの事をケチョンケチョンに言う人がいるという。 何故?何故?

小野リサのことは彼女がデビューする以前から知っていた。僕が六本木のホットコロッケなどに出演している時に遊びに来ていて顔を合わせたり、テビュー直前のとあるレコーディングにも付き合ったことがある。彼女には昔ギターを習いたいと言われたことがあり、彼女のお父さんの店である四ツ谷サシペレレに出演した時に目の前で弾いてもらったことがある。その後レッスンは一度だけで教えるのを辞退したことがあった。

それは彼女のギターがあまりにもナチュラルで力みがなくボサノバを弾くには充分だと感じたからだ。これ以上彼女の歌う世界に付け足すようなギターのテクニックや知識は必要ないと思ったし逆に僕の方がナチュラルなリズム感を習いたいくらいだった。彼女は半分ブラジル人みたいなものだからリズム感も自然だし人間も歌もナチュラルだなと感心したくらいだ。
スタイルとしてはエッジのきいたサンバや伝統的なブラジル音楽というよりはサンバエッセンスもあるボサノバであり、それが彼女の個性だと思う。細い声で声量があるわけでもなく極端に歌が上手いわけでもないけれど、とにかくナチュラルで無理がないから出発点ですでに気持ちいい音楽になっている。

ショーロだって素晴らしいしジャズや新しい音楽が導入されて進化し続けているブラジル音楽だって素晴らしい。伝統的なスタイルが得意なミュージシャンだっているしジャズエッセンスを得意としているミュージシャンだっている。
声だっていろんな個性があっていいと思う。

ジャズも昔はかなりそうであったように日本の中で日本人によるブラジル音楽の妄想拡大による価値観みたいな意識が独り歩きをしてこれは認めるけどそうゆうのは認めないとか、ブラジル人だったら何やってもいいけれど、日本人はこと日本人同士の事になると、とかくこれをマスターしなければだめ、これこそホントである、とかショーロを知っていなければ認めないみたいな意識が生まれてしまう傾向があるような気がする。そんな事はあまりにも堅苦しいし狭くて淋しい気がする。

他の考え方や宗教は認めない間違っている、みたいな発想に近いと感じる。この排除形否定形傾向はデフォルメして行くと人間にこの傾向がある限り戦争がなくならないのでは? とまで思ってしまう。

                                    

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2007年9月22日 (土)

あさってはベースの杉山茂生の結婚披露パーティー

ベースの杉山を初めて見たのは寺下さんの合宿だった。 初印象はレゲエ帽なんぞをかぶりメロウで怪しい自由人という感じだった。 突然ギターを弾きながらボサノバを歌いだしたのに驚いたのを覚えている。 怪しくてメロウで自由。 ブラジル音楽までやっちゃうなんて俺が惚れないわけなかった。

杉山とはその後何年もたってから弾き語りの平田王子やシューミーのセットなどでたまに一緒に演奏するようになる。 彼は遊び心旺盛。 自由で豊かな感性にあふれている。 枠にはまらないし音楽家として落ち着き先が見当たらないくらい自由な奴だと思う。 僕は彼のギターの弾き語りのファンでもあるが、意外な事にフリーやインプロをやらせてもバッチシ。 さすが自由人杉山。 長野の山奥に自分で木の家を建てて住んでいたというのにはビックリ。 この家は一度行ったことがあり大きなログハウスはまさに彼の夢そのものだと思った。 今は東京に住んでいて写真家の素子ちゃんとの新しい人生が始まっている。

何があっても怪しくてメロウで自由で豊かな彼には心からオメデトウと言いたい。

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2007年9月19日 (水)

文化祭で高校生を見ていてふとわいた、落ちこぼれた時そこに何かがあれば

落ちこぼれたと感じた時、そこにロックミュージック、ヒップホップとダンス、ジャズ、そこに何かがあれば、そして仲間がいたら、自分が成長し豊になるチャンス到来かもしれない。 それまで自分がいた中心からそれて離れてしまったと感じた時、それは成長するチャンスかもしれない。

それて離れてしまった場所から今までいたところを眺める、考える。 多分別な角度から今まで見えなかった解らなかった事が見えてくるはずだ。

もし仲間がいなくて孤独を感じていたり寂しい思いをしていたとしても、世間や他人を恨んだり責めたり自分を責めすぎたり荒んでしまわないかぎり、やはり自分が成長して豊になるチャンスだと思う。

自分も今だ多感なせいか、多感な高校生のいろんな顔を見ていると感じることがたくさんある。

時には高校生だって自分の鏡だし自分にも言えるような気がする。 我もこれから成長して行く高校生に負けないよう頑張らねば。

                                                

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2007年9月18日 (火)

一日だけど休日三昧

今日は娘の高校の文化祭。 踊るというので行ってみた。

ダンスダンス。 いたるところでダンス。 芝居の途中にダンス。クラス全員でダンス。 女の先生まで加わってダンスダンス。 娘もダンスクラブでダンス。 素敵でフレッシュなエネルギーにアリガトウ!

時に健康エネルギーを感じ時に夢エネルギーを感じ救いのエネルギーを感じ共感エネルギーを感じ。

受験勉強が待っている高校生。 ダンスに救われダンスで共感しダンスで発散。 ダンスで学校中のみんながつながっているかのよう。 いかに今の子たちの間でヒップホップダンスが流行っているかを痛感。 素晴らしい! みんな何かを表現したいはずだ。 中にはダンスが苦手だったり興味のない子もいるだろうけど今の世の中、若い子たちの世界にはダンスがなきゃやばいかも。 ダンスがあってよかったと思う。

夜は吉祥寺のジャズ喫茶メグにひょんなことから思い立って行ってみた。

鳥尾3が中心のジャムセッション。 知ってる顔が案の定チラパラ。 世の中は狭い。 2時間ほど楽しく過ごし、今日の仕上げは近くの銭湯で極楽休日三昧。

                                               

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2007年9月13日 (木)

いつのまにやら

気がつくと蝉の鳴き声がしなくなっていた。 代わりにコウロギの鳴き声。 忍び来る秋の足音。

夜中、気が向くとギターを弾いたりもの思いにふけったり。 ポジティブな夢気分だったりネガティブな気分になっていたり。 一日で一番のんびりする夜中は貴重な自由時間。 そしてロマンチックがいっぱい。 スイッチが入ると絵を描いたり作曲したり。 何もできない時はウダウダモンモン。 なんとはなしに淋しさを感じたり不安になってみたり泣きたい気分になってみたり。 自分からウジウジウジウジ。 時には妄想爆発、朝まで興奮迷想。 俺は天災だっ! ゲッ、俺は不眠症か?

夜中はいろんな気分がやって来る。 情緒的バラエティーに富んだ一人だけの時間帯。 夜中の静けさの中にあって、胸を張って強がる必要もない。 丸大ハムの子じゃあるまいし、元気じゃなくたっていい。 強くなくたっていい。 明るくなくたっていい。 頑張らなくたっていい。

日々押し寄せる様々な情緒感に身をゆだねる。

夜中の情緒三昧。 これって意外と豊かさにつながっているような気がする。

                                        

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2007年9月12日 (水)

安部総理辞職

同級生として言いたいのは、ただただご苦労様でした。 お疲れ様。

だいたいこんな時期にあの若さで総理大臣になるということ自体ちょっと考えればおかしいと思われる。。

知恵のある頭のいい政治家ならこんな時期は身辺整理して静観しているような気がする。 表向き安部総理を応援するというスタンスをとりながら後ろから意見するというポジションにいるのではないか。 で、「安部君ここはひとつ泥を被ってくれ。 借りは返す」 みたいなやり取りがあったのではないかと思われるくらい彼があの若さで総理大臣になったという事が不思議でならない。 後のない先輩政治家たちはゲルニ状態だったのでは? と思えてくる。

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2007年9月 8日 (土)

ジャズとスタイル

昔、ジョーパスという日本でも人気の高かったジャズギタリストの前で演奏した時に、彼からキミはバッパーだと言われたのです。 彼の前で日本の若いギタリストが4人演奏しました。 私以外は純粋なオーソドックススタイルであったにもかかわらずバッパーと言われたのは私だけ。 一瞬首をかしげました。 これっていったいどうゆう事だろう? 他の3人が言われるのは当然なはずなのにバップスタイルを無視した自分がナンデナンデ?

それはつまりこういう事だったのです。 バップとはジャズのスタイルとしてたしかにあるのだけれど、その意味は決してそれだけではなくアドリブ表現するときの感覚や意識、気分、そして自由感、ハートの現れ方にもあったのです。 ほとばしるように流れるように自分の中から沸いて来るものや積み重ねたものがくったくなく表現される時、そしてそこにハートフルな面やファンキーな面が加味された時。 どうやらスタイルに関係なく ユーアー バッパー という表現があるみたいです。

自分のその時の演奏がハートフルであったのかファンキーだったのかはわかりません。 ただ言えるのは一生懸命に自分のアイディアをあれこれ考えないで躊躇なく放出したという事です。 若気のいたりで心の中では 「どうだジョーパス、俺は自分の考えた和音を使って自分流で表現するでい!」 みたいな気持ちがありました。 今思うと、思い上がった若造でちと恥ずかしいのだけど、なぜか ユーアー バッパー。

音楽のスタイルってなんだろう? そこにはスタイルでは計れない事があると思います。 ブラジル音楽も同じです。 決してスタイルだけではないと思うのです。 好きなスタイルを学びたい人は大いに学ぶとして、究極は自己流の中にも答えがあるような気がします。

                                                  

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2007年9月 7日 (金)

閃きそく本番

レコーディング当日いざ本番。 ギターを持ったとたん突然閃いた和音を弾いた。 カルロスジョビンのWAVEという曲の出だしのコードだった。 自分でも今まで弾いたことのないケース。 それがいいか悪いかはわからないけれど大丈夫だという確信があった。 もちろん危険性大。 相手の歌手には突然なことなので何も知らせてはいない。 それに知らせてしまっては面白くない。 未知な事が好きだからワクワク。 

自分のやり方はいつもこんな調子で相手にしてみたら迷惑千万。 ワガママのきわみ。 ウー ワン! ガブッ!

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2007年9月 6日 (木)

変化

ここ百年。 時代の進むスピードが速いけれど、地球が変化して行くスピードもそれに近づいてきたような気がする。 そのうち重力も変わっちゃったりして。

重力によっては長い間にオムスビ型人間。 カマキリ型人間。 空を飛ぶニワトリ。 空飛ぶ魚。 僕らが想像していた宇宙人のようになってしまうかもしれない。

変な事を考えたことがある。 地球上の人が全て死に絶えてしまったら、でも地球にいたいと思っている霊たちは地球にそのままいたとして、霊として楽しく生きていたら地球上の人が死に絶えたことになるんだろうか?

よく金星や火星には宇宙人はいないというけれど、みんな霊魂になっていて僕らに見えないだけじゃないのかな? ひょっとしてそこには夢のような進化した霊の世界があったりして?

などというたわいもないインスピレーション的妄想が閃くことがある。

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