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2007年8月

2007年8月25日 (土)

ダンス

シャープなヒップホップダンスが全盛。 シャキシャキクネクネピョンピョンクルクル! こりゃ楽しい。

でだ!  そこへもってきて フラダンスがもっともっと流行ればいいなと思う。 まあ民謡踊りや日本舞踊でもいいんだけど。

六本木あたりのクラブで十代の子たちがフラや日本舞踊に夢中になっていたら、考えただけで楽しい。 ダンスはなにもヒップホップだけじゃあるまい。 フラダンスみたいにグニョグニョフニャフニャフラフラズルズル、日本舞踊みたいにシャナリーチントンシャンハンナリホロリ。 ここは日本なんだからなにも西洋バヤリだけじゃないじゃん、と思うなあ。 

若者たちよ! そう思わないかい?

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ずぶ濡れ

ホットが終わったのが午後11時。 外は半端じゃない大雨だった。 なんでなんで? あまり時間をつぶしていると終電にまにあわない。 傘をもらってエイッと外に出る。 秋葉原の駅に着く頃にはビッチョビチョ。 うーまいった、ガックシ。 こんなに濡れたのっていつ以来だろう。 なんとなく憂鬱な気分で電車に乗っていた。 武蔵野線に乗り換えるため西国分寺で電車をおりようとした時、座っている女性に挨拶された。 ピアニストの国生さんだった。 なんか嬉しかった。 彼女は鹿児島県出身で昔メグという僕が通っていたジャズ喫茶で働いていた。 彼女が駆け出しの頃から知っているせいかなんとなく親近感を持っていた。 ほんの数秒、挨拶するくらいの時間しかなかった。 別れぎわ思わず心を込めて握手していた。 彼女のふいの挨拶に一瞬気持ちが和み救われる思いがした。

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2007年8月24日 (金)

残念ながら29日の西荻コニッツにおける加藤生徒の宴会は中止とさせていただきます

コニッツのマスターの急死により店は今月営業中止となりました。 マスターはジャズギタリストの故高柳さんのお弟子さんで生徒諸君と会えるのを楽しみにしていました。 当日はいつもと違ってマスターの好きなギタリストやフリージャズのCDなどを店でかけるつもりでいたみたいです。 ギターには辛口なマスターでした。 コニッツはみんなでギタリストライフを語り合える格好の場所だと考えていました。

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2007年8月22日 (水)

水戸黄門

最近、夕方再放送している水戸黄門にはまっている。

仕事に行く前、見れる時はなるべく見るようにしている。 毎回悪代官や悪商人をやっつけて弱い庶民を助けるという御定まりの展開ではあるが、やっぱり面白いのだ。 仕事に行く前に涙腺がゆるみいい気分で出かけることもしばしば。 涙はハートへの清涼飲料。

歴代の水戸黄門の中では東野栄次郎が大好きではあるが再放送されている夕方の水戸黄門もなかなか好きだ。 毎回ばってきされた役者によっていろいろな水戸黄門になって行く。 立派な水戸黄門。 偉そうな水戸黄門。 人をくったような癖のある水戸黄門などいろいろな味がある。

夕方の再放送に登場している水戸黄門は最初、今までで一番頼りなく感じたのだけど見ているうちに味がでて来た。 優しくて温かい水戸黄門なのである。 立派な役や偉い役に慣れている役者には表現できないいぶし銀の味がある。 くせが強いわけでもないけれど平身低頭で庶民の目線にピタッといることのできる水戸黄門だ。 ずっと脇役をやってきた役者だからこそ出せる味と優しさ温かさだと思う。 優しくて温かい水戸黄門を見終わるとほのぼのとした気分になってしまう。

                                          

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2007年8月21日 (火)

ジャズBar コニッツのマスターが亡くなった

とても残念だ。

コニッツには一時期、ライブが終わると週に一度か二度立ち寄っていた。 マスターとはギター談義や馬鹿話しでよく盛り上がったりした。 彼はギタリストで故高柳さんのお弟子さんだった。 クラッシックギターはやっぱりセコビア、ジュリアンブリーム、そしてブローウェルのギターの音色と音楽が好きだという点で僕と意気投合したことがある。 彼とは馬鹿フィーリングでも波長が合い、滅入っていた時などこの店で嫌な事をすっかり忘れて帰る事もしばしば。

ある日の夕方、コニッツの前を通りすぎようとした。 するとその日は店が休みのはずなのに中からクラッシックギターの音が聞こえてくるではないか。 ふと階段を下りて行きドアを開けるとセコビアを大音響でかけて静かに聴いている彼の姿があった。
店がオフの日、普段店に立っている時とはまた違った純粋なギタリストとしての彼の一面を垣間見たような気がして嬉しかった。 まさにギターを愛する静かな青年の姿がそこにはあった。 僕らはしばらく一緒にセコビアのギターの音に耳を傾けた。 それは僕らにとって掛け替えのない素敵な時間だった。

ミチヤ君。 安らかに眠って下さい。 きっと天国で師匠の高柳さんに逢えるね。

                                               

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2007年8月20日 (月)

安部総理の事

なんと、彼とは同級生だった。

つくづく運の悪い総理大臣だと思う。 問題ありの人事。 発覚した年金問題。 支持率も落ちるし参院選では自民党の歴史的大敗。

中学時代は僕がC組で彼はA組。 高校時代は僕がF組で彼はE組だった。 サッカーやバンド活動に夢中だったせいで彼の事をよく知っているわけではないけれど、彼の印象は誠実で公平で温厚。 人柄がよく人と衝突したり争い事などは無縁。 押しが強いわけでもなく目立つわけでもなくあたりさわりなく平和にやっているな、という印象を受けていた。 誰に対してもひかえめながら温厚で嘘がなく敵を作らない奴だなというイメージがあった。

であるから彼の言っていることに嘘はなく心から日本の事を考えていると信じている。 ただ、誰に対しても公平にいい人であるということが厳しい政治の世界で彼の選んだ人事には人の良さが裏目に出てしまい隙があったような気がするのだ。 彼は嘘のない責任感のある人柄だとは思うけど人との衝突などに向いているとは思えないし人から攻撃を受けて跳ね返すなどは彼には向いていないと思う。 彼は優し過ぎるし人を攻撃して打ち負かすなどというイメージが起きない。 そんな政治の世界で職業としても頑張っていると思うのだけど、同級生として今の安部総理を見ているのは少々つらく複雑な思いだ。 政治の世界の事はよくわからないけれど彼は優しすぎるしいい奴すぎると思う。

                                          

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2007年8月19日 (日)

春のワルツ

またしても韓国ドラマにハマっちゃいました。

みんな可哀相すぎるー
ウニョンちゃん可愛いー
チェハ、なんで言わないんだ? もうたまらないです。 毎週土曜日が待ち遠しいのです。いろいろと馬鹿にするやからもいると思うけれど、これがナチュラルな自分だからしかたない。 毎週「春のワルツ」を見て泣いてしまうわけです。 

涙するという事は魂の浄化になっている気がします。 つまり涙することは生きている中で必要な事だと思います。 涙するという事は魂や心のストレッチみたいなもので男も女も関係なく、立派な芸術や音楽だろうがなかろうが起きる時は起きるのです。 そしてこういう事って理屈ではないのです。

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2007年8月17日 (金)

セミの鳴き声は歓喜にわななくエクスタシーの雄叫びか?

セミはたしか7年間だったか10年間だったか、ずっと地中でサナギとして生きていてようやく地上にはい出て来てサナギから脱皮する。 地上でセミとなってからの命は1週間。

考えてみるとこれはすごいことだ。 きわめて勝手な想像だが。 このあまりにも短い地上での1週間はセミにとって狂喜と歓喜とエクスタシーの日々ではなかろうか。 やっとこ地上にはい出て来て、しかもサナギから脱皮した驚きと喜び。あまりの開放感。そして至福の一週間。 セミの鳴き声はひたすら地上で生きているという喜びと感動をあらわしているような気がしてきた。 しかもセミにとっては地上で生きているだけで止め度もないエクスタシーを感じて鳴いているような気がしてきた。 1週間エクスタシーが続くとしたら、これは凄い。 気が狂わんばかりの1週間だ。 死んじゃうー
いや、セミはエクスタシーが1週間も続くから1週間で死んじゃうのかもしれない。 もう身がもちませーんて。

これが人間だったらどうだろう? 歓喜して毎日吠えているのだろうか? 吠えて走り回ってるいるうちに異性と遭遇して狂喜乱舞して思いを遂げてから死んじゃうのかな? やったー なんて幸せを感じたらもう最後。 それで死んじゃうのかな?

もし人の人生がセミと同じだったらこりゃー凄い。 もっと凄いと思うのは人間がカマキリと同じだったらこりゃ凄すぎる。 1回こっきりの幸せヤッターマンは女性に食べられちゃうわけで。 こうなると恋愛も超感覚的で超慎重か? いや、長生きしたくて恋愛しない男ばかりになってしまうかもしれない。 同性愛全盛か? 待てよっ、女性に食われてしまうのはきっと至福のエクスタシーに違いない?

                                         

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2007年8月16日 (木)

ジャズ喫茶の思い出

ナッテルで昔のジャズ喫茶の話しでちょい盛り上がった。 初めて行ったのが高校一年の時。 吉祥寺のファンキーだった。 店内での私語は禁止されていて煙草の煙りが立ち込める中、大きなスピーカーから大音量で流れるジャズに耳を傾けていた。

今思えば楽しんで聴いているというより一人前のジャズマニアだと認められようとひたすら耐えて聴いていたような気がする。 ジャズ喫茶に行くと少なくとも2時間は居座る。 長いときには6時間。 すぐ店を出るようじゃ根性のないジャズマニアだと思われてしまうかもしれない。 そんな脅迫観念もあったような気がする。 年上の堅物そうな常連さんに認められたいみたいな心理が働いていた。 無言で俺は心底ジャズが好きなんだと振る舞うわけだ。 

今思い返すと笑ってしまう。 会話するわけでもないのに気難しそうな客がといめんや隣にいると心中おぼつかないながらもじっと耐えて数時間。 どうだオイラのジャズ好きは半端じゃないぞう。てなわけでへんな根性がついてくる。 ジョンコルトレーンは神様だと思い込みわけも解らず、すごいんだ、いいと信じてひたすら目をつぶって耳を傾ける。 途中で目を開けたらヤボな奴だと思われやしないかと根性で聴き倒す。

学校帰りにほぼ毎日通っていたと思うと懐かしくも可笑しい。 昔のジャズ喫茶時代。 勘違い純粋。 勘違い純情一直線。 ジャズ一直線だった。

                                     

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2007年8月15日 (水)

四ツ谷三丁目にあるポコタンというライブハウス

ここのマスターはジャズ系のギタリストだ。 まだやり初めてまもない店だけど応援したい店だ。 いろんなギタリストのDVDがそろっていたり日本のギタリストのCDなんかもかけている。

こんな店が老若男女様々なギタリストやギターファンの交流する場所になったらいいなと思う。 ジャズやってる、フュージョンやってる、インプロやってる、ブルースやってる、プログレ好きだっていい、ロック好き、ブラジル好き、フラメンコ好き、クラッシック好き。、ここでみんなが交流できたらいいなと心から思う。、そして日本独自の音楽文化が育って行けばいいなと思う。

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2007年8月14日 (火)

暑い夏

人間て地球で一番ナチュラルじゃない生き物だと思う。 こんな暑い夏の時期、動物たちは何もしないでやる気ありませーん、てなわけでゴロニャンか水浴びかな。 で、ちょっとは涼しい夜中にモゾモゾするくらい。 でも人間はというとやらなきゃいけないことに追われてたり暑さに負けじと頑張ってたり。 可哀相なことに自然に逆らわなきゃならないなんてつくづくナチュラルじゃないと思う。 生きていくために頑張らねばならないし生き方によっては後退できないし先を争うこともいとわない人間の世界。 これじゃあ感覚も麻痺するだろうし体内本能アンテナなんかも鈍っちゃうし心も病んでしまうはず。 あー 人間てアンナチュラルな哀しい生き物だと思ってしまう。

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