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2006年8月

2006年8月23日 (水)

彩ちゃんとのデュオ。 きっかけはテレパシー

数ヵ月前のことでした。

その日の夜ホットミュージックスクールで教えるため夜7時頃にホットに着きました。偶然、ピアノの板橋さんとのライブの打ち合わせで来ていた室館彩ちゃん、東洋、彩ちゃんの旦那君とホットミュージックスクールのサロンで一緒になったのでした。

大好きな彼らと会うのは久しぶりでとても嬉しく、なごんだ空気がただよっていました。

腹がへったので僕は学校で用意してあるお弁当を彼らと談笑しながら食べていました。

下を向いて食べていると向かい側、彩ちゃんのいる方から優しさに満ち溢れた想念の雲のようなものが押し寄せて来るのを感じたのです。そのあまりにも優しい想念の雲はすぐに僕を包んでいました。ほんの数秒だったかもしれない。幼児の頃、母親のヒザの上で愛に包まれていた時と同じくらいの強烈な波動を感じていました。

瞬間的に強烈に癒され愛されているという実感と懐かしい感覚に陥っていました。物質といってもいいくらいの想念の雲は生まれて初めて味わうくらい強いものだったのです。

その数秒間であろうか、僕は下を見ていて彩ちゃんのことを見ていなかったのです。それが何故起こったか、どこから来たのかとは考えるよしもありません。

あまりに不思議な体験だったため、後になってあれはいったいどういう事だったのだろう?と思ったとたん、もしやひょっとして彩ちゃんからのテレパシーだったのではないか?と直感したのでどうしても彩ちゃんに確認してみたくなりました。

その日の夜中、彩ちゃんにメールして「あの時僕に何か気持ちを送っていた?」と聞いて見たのです。送られた、そしてその時に感じた気持ちの内容を説明すると、それを聞いた彩ちゃんは「ゲーッ、ビックリ!‐‐‐そっ、そうです!」「加藤さんの言っておられるあの瞬間、私は加藤さんを愛しいと思い見ていました」。なんと彼女は驚いているではないか。「こんな事こんな領域に踏み込んで来たの加藤さんが初めてです。ウワーッ!キャーッ」。

それから二日後、彼女からメールが来ました。「デュオやりたい!」でした。

テレパシーは好きな分野で演奏もテレパシーにこだわっていたけれど、これほど強く確実に感知したのは初めてでした。まさに自分でもビックリ。彩ちゃんも僕の確認メールにぶったまげ!摩訶不思議。

これが今回デュオをやることになったいきさつなのでした。

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2006年8月12日 (土)

銭湯での不思議な感覚

幼い頃から通っている銭湯がある。

岩風呂という名前で昔のままの洗い場、そして湯船。

ふと、初めてここの湯船につかった時の記憶と映像がよみがえってきた。 たしか六歳の頃である。 今と同じ場所。 湯船のはしの突き出た岩の影で多少オドオドしながら目をギョロッとさせている六歳の自分がいた。 僕は懐かしい思いで彼を見ていた。 そして彼に声をかけた。 「ボクっ、もう45年たっちゃったよ。これが今の僕だよ」 、「人生は後戻りしてやりなおせないからこれからも前に進むしかないよ」、 「そして45年たったらこんなになっちゃったよ」。

あの頃広く感じていた湯船と洗い場。 背の低い私は大人の中で不安げに湯船に入っていた。 ニコッと微笑みながら見知らぬオジサンが親しげに近付いて来て優しく話しかけてくれた。

あれはきっと未来の私だったのかもしれない。

                                                

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2006年8月 7日 (月)

15年以上続けてきたバイトを辞めた

ここ数年前から、バイト先に新しく入って来る人と親しくしたり冗談を言い合ったりする気力がなくなってきていた。 日々ライブハウスで演奏したり生徒を教えたりしているなかでもう余力がなくなっている自分に気がついていた。 長い年月のうちに体も痛み歳とともに年々気力が衰え始めていた。

アトリエ○キティキという外国製のオモチャの会社。 純粋で優しい人ばかりでバイトに行くと気持ちが洗われる思いだった。 ライブ活動とその世界しか知らない私には別の社会や様々な人にふれることのできる貴重な場所でもあり学んだ事も多々あったと感じている。

納品先の検品場の人たち。 交通誘導の人たち。 そして将来を夢みる○キティキの女の子たち。 たくさんの人の人生を感じ時には魂を感じていた。 そしてみんなの事が好きだった。 働いている女の子のちょっとした笑顔やにこやかな挨拶に度々救われる思いだった。 みなさんアリガトウございました。

オモチャは人の心を優しくします。 時には汚れたり疲れたり固くなっていた心をずっと昔の純粋無垢な幼少期に戻してくれます。 本来の自分と言ってもいいでしょう。 たとえ今がどうであれ昔不良だろうがそんな事はオモチャの前では関係ありません。 全ての人が、ふとした瞬間に子供時代に帰ります。 オモチャを前にしているうちにナチュラルな本当のその人の表情や声が出る瞬間があります。

これが○キティキでの体験から学んだ中で最も嬉しい事でした。 ○キティキのみなさん、長い間大変アリガトウございました。

                                       

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2006年8月 5日 (土)

ちょっとした出来事

バイト中だった。

小さな通り沿いにあるバイト先の広報室に用事があり、運転していた車を寄せようとした。

と、その瞬間にむこうから乳母車を押して来る年輩の男性がいることに気付いた。 それは四人くらいの集団だった。

その人と目が合った。 その目はすぐさま憎悪、敵意、嫌悪を投げ掛けて来た。 おそらくベビーカーに乗っている孫を思う気持ちとこれから通り過ぎようとしているところに車が止まろうとしたためだろう。 瞬間的に 「私たちを危険な目に遭わせる気か。 平和で幸せな私たちの邪魔をするな。」 という気持ちが敵意に満ちた目付きとなって表われていた。

私はといえば、すぐさま 「なにもそんな顔しなくてもいいのに。 なにもすぐ敵意を表わさなくたって。」 などと思い、とっさに一礼して、「さっ、どうぞお先に通ってください」 という気持ちを込めて笑顔で手招きした。

するとどうしたのだろう、そのお爺さんの顔の表情はみるみるうちに笑顔に変わり、続いて奥さん、嫁とみんなしてニコニコ顔でお辞儀しながら通り過ぎて行ったのでした。

あ~良かった。  憎悪の目を向けられたのにはまいったけど やれやれ、笑顔ですんでホッ。

あのヒトも定年まで働いてホントはいい人で孫が目に入れても痛くないくらい可愛くてしょうがないんだろうなあ。 一家の幸せな時間だしなぁ。

それにしても、今という時代は便利な世の中ではあるけれど人々の心はなぜかギスギスしてきてるみたいだし心のユトリや余裕もへってきてるのかなあ。 自分たちも大変でそれどころじゃないのかなぁなどと思ったり、顔見知りや仲間だと優しかったり親切だったりするけど、それがあかの他人だったりすると昔と違ってきてるような気がするなぁ。 車も止めていて通報される事増えたり、音の苦情や通報も増えているような。

便利な世の中になったのに、いろいろ我慢して生きていたり自分たちの生活だけでもせえいっぱいで、おまけに時代の進むテンポも早くなって来て、みんなギスギスしだして心のユトリが減ってきちゃったのかなぁ。

でも笑顔で終わって良かった。見ず知らずの方々、お幸せに!

                                              

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