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2006年5月23日 (火)

加藤的歌伴

今までのイメージややり方をチャラにして、0から何ができるか何が生み出せるかを常に思いステージに上がるまで何も決めない。

曲は歌詞とメロディー、そしてコードという基本的なところから歌い手と何が生み出せるかを考えステージ上で立ち上げる。 伴奏という意識ではなく対等なソロイストという点に立ち、予定された曲の構成は考えずステージ上でのヒラメキと意思の疎通に任せる。

歌伴というより自分のソロという意識であるから 普通、歌手の人が考えるテンポ、イントロや間奏の長さエンディングは私には意味をなさない。 ルバートから入ることも多く、後はテレパシーに重きをおく。 前奏は納得するまでたっぶり時間をかける事もあり同じく間奏も納得するまで演奏する。 間奏は瞬間作曲に取り組み、第二楽章という思いであるから、行われている曲のコード進行とは違う世界にも突入する事もある。 クラッシックの交響曲を思い浮かべていただきたい。

ステージングは歌手のショーというものではなく、二人の音楽家のデュオという意識で好きに進行する。

ライブハウスではディナーショーじゃああるまいし、歌手だと喋ったり笑顔で歌わなければならないなどという発想は無くてもよいと考える。 女性歌手だから客に笑みをふりまかなければならない必要はなく、1アーティストとして音、音楽に集中し合う。 そして限り無くクリエイティブな瞬間を目指す。

演奏以外の事には時に無駄で、意味をなさないエネルギーの浪費はできるだけ省く。 いくら楽しい、喋りが上手くアクションもあってビジュアル的に良いと言っても、エネルギーが拡散して肝心の歌の集中がおろそかになるくらいならば、そんな事は必要ないとも考える。 自分独りで部屋の中で歌いたくなって歌った時、笑顔や身振り手振りで歌うだろうか? 自然に歌を歌った時は客を意識せずにただ歌ったているのではないか? その自然な状態で演奏し合いたい。

私の場合は、歌手同様に行われる曲が自分の中に心から流れるまではなるべく演奏をさける。 そのかわり一旦その曲が自分の一部になるほど身についた場合は譜面を見ないで演奏する。 そして曲が始まってから終わるまでは自分のソロのごとくフレキシブルに演奏したいと考える。

                                                     

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