« 春 | トップページ | 今日はコンガの今村さんのグループ、ピアノは寺下誠さんだった »

2006年4月10日 (月)

牛の暴走!

地球はどこへ行く? 音楽の世界だけとって見ても、まるで牛の暴走に感じることが多いい。 何をあせっているのだろうか?

情報のスピード化。 壊滅しつつあるそれまでの価値感。

盲目で答えが見つかりにくく、迷走するかのごとく自由が蔓延し急速に増え続けるあらゆる表現。

我先にと先を争うかのごとく繰り広げらている表現者の世界。 昔と比べ自由にものおじせず表現する事もできるようになり、良い面もたくさんあるがポジィティブという名のもとに「牛の暴走」のごとく感じる事がある。

マスコミや様々なメディアを通じてすぐに作り上げられてしまうヒーローたちとそれに群がる人々。 まるでインスタント食品のようだ。

本物というレッテルがついたとしても底が浅く感じる事も多い。 本当はどこか自信がないのに胸をはり頑張ってしまっているかのごとく写る。 自信とはそうたやすくつくとは思えない。 いや、死ぬまで先をめざすなら、自信などというものはそのつど自分のモチベーションを無理やり上げているだけのことかもしれない。

これではみんなして暴走して崖底へ一直線。 牛の暴走か? 育つものも育たないような気がして来る。 発散しハジケル以前に、じっと我慢し耐え忍ぶ期間や時期も必要ではないのか? おどらされたりあおられたりしてすぐにハジケようとしたり発散しようとする表現者も多いと感じる今日この頃。 良くも悪くもこれが今の時代なのだろうかとも思うが。

                                                      

|

« 春 | トップページ | 今日はコンガの今村さんのグループ、ピアノは寺下誠さんだった »

コメント

こんにちは。このblogへのコメントははじめてになりますね。どうぞよろしくお願いします。

 加藤さんの言われる「暴走」、なるほどと思いました。
しかも、牛は群れてしまいますからね。一頭だけで暴走していると狂い牛扱いされるでしょうけれど。。。

ネットを介したコミュニケーションの手軽さによって、こじんまりとしたサークルのような集団ができやすくなり(それ自体は悪いことではないのですが)、「そこそこの規模の集団が出来上がってしまうと、ちょっとした"(ディシプリン無き)自信"めいたものを仲間内で肯定感を担保しあえてしまう」のかもしれません。
 それは、ある種の"(安易な自己肯定感への欲望としての)癒し"ブームにも通じているようにも見えてきます。

 でも、そうした小さなサークル的盛り上がり(それは適度な集客力というものにも繋がるわけですが)はけっしてフランスの若者たちの騒乱(あれを「暴動」と訳してしまうのはミスリードかと思いますね)のように社会を"動かす"力にはならない。"動かされてる"ほうにしかなっていないんでは? とも思うことありますね。正直、ついていけません。

投稿: wataru | 2006年4月16日 (日) 07時38分

まったくその通りです。加藤さんに一票。

投稿: りま | 2006年4月16日 (日) 02時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/20122/1356383

この記事へのトラックバック一覧です: 牛の暴走!:

« 春 | トップページ | 今日はコンガの今村さんのグループ、ピアノは寺下誠さんだった »