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2006年3月

2006年3月29日 (水)

ジョンコルトレーンの最新盤ハーフノートのライブを聴いた!

素晴らしい! の一言につきる。

若い世代のジャズファンやプレイヤーにとってジョンコルトレーンがどのような存在であるかは知らないが、私などはジャズ喫茶や家で盤が磨り減るくらい聴いていた。 下敷きにコルトレーンの写真を挟んで高校に通っていたくらいだ。

ギタリストを目指していたがコルトレーンのようになりたいとも思い夢をふくらませていた。ジャズを目指す者の希望でありジャズプレイヤーのお手本の一人であり音楽的生きかたを尊敬しあこがれたりもしていた。 人によっては神様的な存在だったと思う。

実際に十代の終わり頃、プロになる直前にピットインのオーディションを受けた時にコルトレーンを意識した曲などを演り、君はどんなギターが弾きたいのかと店長に聞かれた時、私はマッコイやコルトレーンのようなギターを弾きたいなどと答えた覚えがある。 これは超若げのいたりではあったが、ジョン・コルトレーンとそのグループの存在はギタリストである私にとってもそれくらい大きな存在だったのだ。

三十分近く吹き続ける彼のプレイはエルビン・ジョーンズやマッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン抜きでは語れないが、確信に満ちていて嘘がなくずっと行きっぱなしだ。 これにはひたすら感動せざるをえない。

もはや面白いとか楽しいという次元ではなく圧倒され、ただただ感動させられる。 やはりコルトレーンはすごい! たまにはジックリ聴かなくてはとあらためて思った。

                                    

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2006年3月28日 (火)

私のようなジャズファンてもう少ないなあ (独り言)

高校生の頃ジャズ人名辞典を見て夢をふくらませていた。ジャズメンというだけで全てのプレイヤーのことが好きだった。 一人一人人名辞典に載っている顔を見てはライブハウスに聴きに行っていた。当時の新人からベテラン、しいてはフリージャズからジャズボーカルまで日本人のジャズミュージシャンをくまなく聴きに行っていた。もちろんぶらりと聴きに行くこともあり全てが楽しかった。 別にミュージシャンと話すわけでもないし仲良くなるわけでもなくただ聴きに行くのである。ジャズが聴けて見れればそれで充分だった。

最近ではそんなリスナーはかなり少ない。 多くのリスナーは友達関係か仲間に近いか顔見知りに限られているように感じる事が多い。 それだけライブハウスに来るジャズファンやリスナーは減ったとも言えるし話題性がないと来なくなったとも言える。

他のグループやプレイヤーには興味がないのだろうか? と感じる事も多い。  話しかけてもらえたり、お友達にしてもらえたバンドにしか聴きに行かないのではないかと疑問に感じたりするし、時々不思議にも思う。  ただ面白いとか楽しいだけじゃ音楽やそのプレイヤーの核心には程遠いのではないか? 全てのジャンルに言える事ではあるがジャズは奥が深い。

ちまたでは昔のピットインの駆け出しレベルにもかかわらず、雑誌で評価されていたり面白かったり迫力があったりと言って凄い凄いといっているリスナーの声をよく聞く。 これには内心ガッカリだ。 ジャズの何を聴いているのだろうか? あきらかに上手いプレイヤー、または個性派など音符1音、音色、ビート、ニュアンス、ハートなどすぐれたプレイヤーは雑誌で取り上げられていなくあまり知られていなくとも結構いるのだ。そんな多くのミュージシャンを聴きに行かないとジャズの実相、音楽の実相は見えてこないだろうと思う事もある。

                                                            

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2006年3月27日 (月)

脱線記Ⅲ サックスの金剛夫婦、ドラムの大沼、ボイスのサガユキらと演奏前に

なぜか子供の頃の話で盛り上がった。

狭い家、一つの部屋で家族全員が川の字になって寝てた。 家に風呂ができるとやっと自分一人だけの空間ができて興奮した。 風呂場はまさに自由と開放感を満喫する場所になった。 興奮しすぎて風呂場の窓から外へ裸のまま飛び出てしまった。 もちろん興奮しているからチンチンはビンビンだ。 裏の家のオバサンが窓越しにこっちを見ていた。 やばっ! 目と目が合ってあわてて風呂場に逃げ戻った。 となりのヒサ子さんやカオルちゃんがさっそく風呂に入りに来た。 最初は一緒に入っていたけれど年上だったのでそのうちに胸がふくらみ始めしかもあそこに毛が生えて来た。 もう一緒に遊べないと思い、なんとなく気まずい感じになったのでもうお風呂には一緒に入らない事にした。

戦争ごっこも時代であろうか盛んだった。野原や崖、工事現場でよくしたものだ。 石や泥を投げ合った。 恐怖や痛みで泣いたほうが負けだった。 高学年になると火薬を使用した今では禁止されている道具も登場した。 これは恐怖である。あたりどこが悪ければ失明したり指が飛んだと思う。

イジメっ子でもあったし そのために上の学年の悪い子にいじめられもした。 負けるとリンチが待っていた。 はがいじめにされ自分一人では登れない穴に落とされた。 どうして穴から出れたかは覚えていない。 泣かないとひどいめに遭うのである。 やはり3才年上のワルに負けた時、はがいじめにされ空き地に落ちていた欠けた茶碗でそいつのオシッコを飲まされたことがあった。 泣けば許してもらえたけど人前で泣くのだけはどうしてもいやだったし堪え難い屈辱だった。 飲まされたオシッコの味は臭くてショッパにがかった。降参しないとヒドいめに遭うのだ。  泣きたくないために降参することもあった。  和平条約みたいな駆け引きだった。 結局はがいじめにされるのだが、泣く寸前で負けを認めると年下のくせに勇敢なやつだなどと認められ安心したような気の抜けたような気分がした。本当は勇敢なんかじゃなくて泣くのが怖かった。一人二人と仲間が泣いてしまうと最後は自分の番だった。泣くのだけは御免だったからためしに謝ってみる。 以外と許してもらえたりして拍子抜けしたこともあった。

今思うと野蛮な遊びが当たり前だったような気がする。 野球などの球技に夢中になる子もいたけど、虫か戦争ごっこやイジメが好きだった。 イジメとはガリ勉君をきにくわないという理由だけでリンチにしたり、転校生をなまいきだなどと言って石を投げ付けたり、ハーフの子を顔が変だと言って家までつけたり、セッカンしてしまったり、米軍基地宿舎にいる外国の子に戦争に勝ったからといってなめるんじゃねえと石を投げ付けたりといったたぐいだ。今思うとヒドい。別に相手が嫌いとか憎いとかではないのだ。それより好奇心とエネルギーの発散だったような気がする。

今では涙もろいし喧嘩なんか怖くてとんでもないけれど、子供の頃の事はつくづく不思議だ。

                                       

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2006年3月25日 (土)

脱線記Ⅱ 原始人になってみた

とゆってもこれは小学生の頃のひらめき実験。

テレビに出て来る原始人は必ず皮か毛皮のパンツを履いているけど、あれは嘘だ! そんなはずはないとゆう思いをどうしても拭いさることができなかった。 きっと太古の原始人なのだからフルチン、フル??に違いないと思ったのだ。 そしてどうしても原始人の気分を味わってみたかった。 生半可な原始人ごっこじゃなくて本当の原始人ごっこだ。

ある日、学校の帰りに近くの森へ行ってかねてから考えていたことを試して見た。 遂に計画実行だ!

ランドセルを置いてクツを脱ぎ、着ている服を全部脱いで見た。 まず走り回ってみる。 そして木にも登ってみた。 草影にも身を潜めて見たり。 それはまるでお猿さんにでもなってしまったかのようだった。

そのとたん、あまりの開放感と気持ち良さのため全身におさえようのない興奮が駆け巡る。 もちろんチンチンはそくビンビンだ。 もうこの興奮と開放感は止まらなくなってしまった。 もしその場に素っ裸の女の子がいようもんならわけもわからず追いかけ回し飛び掛かっていたかもしれない。 たくさん遊んでいたけれど日頃いかにおさえていたり我慢していたのかがわかる。

ほんの十分くらいの実験だったけど驚きは大きかった。 この興奮と気持ち良さはなんなんだ?

ついでに家から百メートルくらいの所までそのまま歩いて帰ってみた。 誰かに見られたら恥ずかしいとは思ったものの、この快感とやっちゃいけない事をしているというスリルに酔い痴れてしまっていたのだ。

気がついたら原始人ごっこ原始人体験というより快感とスリルの陶酔ごっこであったような気がする。

                                        

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ムムッ!こんな事思った(脱線記)

ひょっとしたらトリノオリンピックで金メダル取った荒川静香さんは観客の前で一番堂々と、しかも一番長い時間自分の股を御開帳していたのではないか? 股間タイムが一番長かったのかもしれない。 そおいえば一番落ち着いて優雅に股出してたし股間見れたもんなあ。 股間マジックが起きたのかもしれない? 誰か各選手の股間御開帳タイムを計る人がいたらわかるんだけどなあ。  審査員も知らないうちに股間マジックに陥ってしまっていたのかもしれない?

ダントツでピタッと形が決まっていたし足もピタッと上に上がって長いこと滑っていたしなあ。 ミナバウアーだって逆反りだけど足広げて股間をピシッと披露してたもんなあ。 すごいすごい! だからみんなあまりの股間ビューテフルマジックに溜息したのかもしれないな。 うーむ、してやられた!

ポカン! 股間ポカン!

静香様こんなこと思い付いてどうかお許し下さい。 トンカチで頭をコチンして寝るのだ!

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2006年3月22日 (水)

充実感あるライブ

これは客の入りとは必ずしも一致しない。 一昨日の今村バンドといい昨日のシューミーバンドといい客は少なかったが充実感があった。 楽しくもあり感動もありハジケル所もありでギターの弾きがいがあった。 こんな時は心から幸せを感じる。

いい仲間いいミュージシャンと演れていることに感謝したい。

                                       

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2006年3月12日 (日)

ブラジル音楽を再確認した出来事!

去年の一月末に親しかったルイザンというブラジル人のベーシストが他界した。 彼は長年故エリスレジーナと演奏をしていたブラジルでは誰もが認める音楽家だったのです。

彼が日本で病に倒れ慶応病院に入院すると、ブラジルにいた息子さんの一人がすぐ日本にやって来て看病していました。 その彼とは病院で三度ほど、それにルイザンの最後のお別れの時しばらくの時間一緒でした。

彼はブラジルではファベラという貧民が住む、よほどの事がない限り這い上がれない無法地帯に住んでいてギャングの手先のようなこともしているとの事でした。 とても悪い事を平気でするような人には見えないし気の優しい印象を受けました。 地下の霊安室で私がイパネマの娘を弾くと一緒になって口ずさみ涙を流していたのを覚えています。 私も涙してとてもまともには弾けない状態でした。

ルイザンが亡くなり告別式の前夜、彼は六本木で前後不覚になるくらい酒を飲んだそうです。 そして帰りたくないと泣き叫んでいたというのです。 告別式には来れず、次の日に帰国のため成田空港へ行ったさいも、酔っ払っていて空港内には入れず追い返されたのでした。 別の日に再度成田空港からブラジルに帰ったのは人づてに聞いていました。

それから数か月たちルイザンの事も少し落ち着いてきたやさき、ルイザンの奥さんから彼の死を聞かされたのです。 聞かされた私は心からショックを受けました。 警察官に呼び止められた時に逃げようとして銃で撃たれ、そのまま出血多量で死んだそうです。

あんな気の優しそうな悪い事などするように見えない彼はやはりもといたファベラに戻って行くしかなかったのでしょうか? そして警察官に呼び止められて逃げるしかなかったのだろうか? 日本にいる時に帰りたくないと叫んだ彼の心中を思うと沈痛でヘビーな気持ちになります。 やり直したいとも言っていたそうです。 日本が平和な国で優しい人があふれていると感じていたのではないか、新しい国で皆と対等にやって行きたかったのではないか? きっと彼には日本が天国のように感じたのではないか。 そんなコトを思い巡らせました。

ここで思い出したのが「黒いオルフェ」という映画の事です。  サンバカーニバルとファベラ。 無法地帯ながらも夢を持ちささやかな恋をしながらも死んでしまう少年。 銃やナイフが当たり前のごとく使用さるる社会。 夢を見ても這い上がろうとしても引き戻されてしまう世界。

そしてそこにはサンバがありサンバカンソンがある。 彼らにとってのサンバやサンバカンソンは日本の僕らには想像することはできても、計り知れないくらい生活の一部であり救いであり安らぎや夢でありブルースなのではないかなと愕然としたのでした。 あのリズムが魂の底から必要で、美しいメロディーや甘美な和音も心底からの夢とロマン、救いなのではないか。 心から考えさせられた出来事でした。 そしてブラジル音楽を再認識した出来事でもあったのです。

                                                 

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2006年3月11日 (土)

ライブのお知らせ!

3月16日(木)入谷なってるハウス。 PM7:30〜

加藤崇之 「NEW渦」

NEW渦というセットは久しぶりに演ります。 私が一番やりたい事をやりギターを弾きまくるセットと言えるでしょう。 最近おさえぎみだったのでもしかしたら演りまくる可能性もあるセットです。 内容は加藤的フリーです。 

メンバーは宅朱美(P) 永塚博之(B) 山崎比呂志(Dr)

                                             

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2006年3月10日 (金)

人生は実験だ!

などと思うことがあるが、気がつくとろくな実験をしていないかもしれない。 身を呈して実験だなどと思うが数々の実験は子供じみていたような気がする。

気がつくと、あっ、やっちゃった! あっ、しでかしちゃった!

好奇心が勝つのだけれど恐いもの見たさの快感願望。 自己中と幼児性のきわみかもしれない。 などと思うと実験ではなく馬鹿道だったような気がして来た。

あーお馬鹿な私、もっと高尚な実験をしなくては! とも思うが、やはり電光石火の閃きは気がついた時にはもう遅いのだ。 我性癖とあいまって手遅れの極み。 うむっ、年相応というコトについてもそろそろ考えなくては、などと不毛に近い行き当たりばったりな夜中の迷想にバッタリ!

知りたい、見たい、触って見たい、こじあけて見たい、めくってみたい、覗いてみたい、中はどうなっているのだろう? 開けたら何が出て来るんだろう? 切ったらどうなるんだろう? と永遠にきりがない。

この子供じみた感覚と閃きは一生治らないのかもしれない。 不思議な事や不可思議な事は知りたいし未知な事だって知りたいのだ。 知らないでいて「そんな事あるはずないよ」とか「ないに決まってる」だなどとは絶対にありえない感覚だ。 

春だ!モゾモゾッ

                                               

                                   

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2006年3月 9日 (木)

フリーインプロビゼーションにおける夢

まずソロで瞬間作曲だ! 思い立って三十年以上。 交響曲のようにロングバージョンでいろんな世界をその日そこでその瞬間に表現したいのだ。

アコースティックにおける即興も持続力とその世界を広げて行きたい。

エレクトリックにおける即興も壮大な宇宙のかなたまで広げて行きたい。

夢はつきないが生活、気力、体力、そして時間が年々限られて来ているから、いつまで夢に向かって夢を思いながら生きて行けるのだろうか?  静なる世界、虚空な世界、意味のある世界、ない世界、激しい世界、脅迫観念的世界、爆発、誕生と消滅、攻撃、叫び、恐怖、救い、ユートピア願望、天国、極楽浄土、怒り、狂気、葛藤、平和、争い、情念の世界、優しさ、愛、慈悲、無な世界、などきりがないくらい表現したいのだ。

昔、ラヴェルの「ダフネスとクロエ」を聴いてこのような事を感じ、それを一晩のソロで、しかも即興で表現できないものかと今だに思い続けているのだ。 これは自分の内側にある全ての感覚と心、魂が感じたり考えてきた個人史でもある。

                                                

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2006年3月 8日 (水)

アーウー

草のニオイを嗅ぎたい。 森の中で過ごしたい。 小川のせせらぎの音に包まれたい。 土のニオイも嗅ぎたい。 小鳥の声を聞いていたい。 色あざやかな草木の輝きにハッとしたい。 鮮やかな昆虫の色にハッとしたい。 青空に吸い込まれて消えてしまいたい。 砂浜の砂になりたい。 木のニオイを嗅ぎたい。 蓮華の花が見たい。 ツクシが見たい。魚のニオイも嗅ぎたい。 木に抱き付いていたい。 誰もいない草原で呼吸する草のかなでるハーモニーを感じたい。

もし海のバスが鯨でタクシーがイルカやマグロや海亀だったら楽しいだろうなあ。 空のタクシーがコンドルだったら素敵だろうなあ。

                                           

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2006年3月 4日 (土)

幼児わかった!

そうか地球はヤクザの星だったんだ! 自分の一家の島を荒らされたり横取りされたり乗っ取られたりしたくないから軍隊を備えているんだ!  正義の味方って強いヤクザの事だったんだ! わかったぞ!

宇宙の正義の味方はきっと違うんだろうなあ? 軍隊持ってる国と国が平和だなんておきてを守ってるヤクザの組と組の平和と同じじゃん。 変なの? 殺られたらすぐやり返してる国ってあるもんなあ! ヤクザの抗争と同じじゃん! 変なの!

地球って変な星なんだね!

                                         

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幼児的疑問

テレビで政治家や評論家が討論している時、なんで武器をすてようとか軍隊をやめようとか言わないのかな?  戦争反対って言うけどそこまてま言わない人ばっかなの、なんでかな? 武器もなくして軍隊もなくしたら本当に隣りの国が攻めて来るのかなあ? なんで国と国が戦力を持って均衡を保たなきゃイケないのかな? なんで戦争も始まっていないうちから武力を備えて攻めてこないようにしてんのかな? 攻めてこないかもしれないのに! 攻める気もないかもしれないのに! なんでそう仮定してある程度の戦力を備えているのかなあ?

こんな事言うと相手にされないから言わないのかな? そうだ、やっぱし他の国、他人を信用してないところが基準になっているんだ。 だから軍隊持ったり武器をそろえたりするんだ。 信用したり信じられないんだ。 疑ってるんだ。 恐いんだ! 不安なんだ!

じゃ、ちっとも幸せじゃないじゃん! 本当は仲良くなんかないんだ! 不信感のかたまりなんだ! 顔で笑って握手してるだけなんだ!

と私の中の幼児が不思議がっています。

                                  

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2006年3月 3日 (金)

うーむ荒川静香のとりこになってしまった!

あの凛とした姿。 媚びない姿。 さわやかな姿。 しっかりした受け答え。 もくもくと練習する姿。 さりげなく爽やかな挨拶。  何と言っても圧倒的に美しかったスケーティング。

とにかく痺れてしまった。

実は2004年の世界選手権で荒川選手がミッシェル・クワン選手らを破って優勝したのを偶然テレビで見て以来、心の片隅で応援していたのだ。

他の選手がチヤホヤされたりタレントのようにテレビで取り上げられているさなか、荒川選手の静かにもくもくと取り組んでいる姿は印象的だった。 あなたは立派です。 俺なんかすぐ浮かれぽんちになったり落ち込んでのた打ち回っちゃうだろうなあ。

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