« 脱線記Ⅱ 原始人になってみた | トップページ | 私のようなジャズファンてもう少ないなあ (独り言) »

2006年3月27日 (月)

脱線記Ⅲ サックスの金剛夫婦、ドラムの大沼、ボイスのサガユキらと演奏前に

なぜか子供の頃の話で盛り上がった。

狭い家、一つの部屋で家族全員が川の字になって寝てた。 家に風呂ができるとやっと自分一人だけの空間ができて興奮した。 風呂場はまさに自由と開放感を満喫する場所になった。 興奮しすぎて風呂場の窓から外へ裸のまま飛び出てしまった。 もちろん興奮しているからチンチンはビンビンだ。 裏の家のオバサンが窓越しにこっちを見ていた。 やばっ! 目と目が合ってあわてて風呂場に逃げ戻った。 となりのヒサ子さんやカオルちゃんがさっそく風呂に入りに来た。 最初は一緒に入っていたけれど年上だったのでそのうちに胸がふくらみ始めしかもあそこに毛が生えて来た。 もう一緒に遊べないと思い、なんとなく気まずい感じになったのでもうお風呂には一緒に入らない事にした。

戦争ごっこも時代であろうか盛んだった。野原や崖、工事現場でよくしたものだ。 石や泥を投げ合った。 恐怖や痛みで泣いたほうが負けだった。 高学年になると火薬を使用した今では禁止されている道具も登場した。 これは恐怖である。あたりどこが悪ければ失明したり指が飛んだと思う。

イジメっ子でもあったし そのために上の学年の悪い子にいじめられもした。 負けるとリンチが待っていた。 はがいじめにされ自分一人では登れない穴に落とされた。 どうして穴から出れたかは覚えていない。 泣かないとひどいめに遭うのである。 やはり3才年上のワルに負けた時、はがいじめにされ空き地に落ちていた欠けた茶碗でそいつのオシッコを飲まされたことがあった。 泣けば許してもらえたけど人前で泣くのだけはどうしてもいやだったし堪え難い屈辱だった。 飲まされたオシッコの味は臭くてショッパにがかった。降参しないとヒドいめに遭うのだ。  泣きたくないために降参することもあった。  和平条約みたいな駆け引きだった。 結局はがいじめにされるのだが、泣く寸前で負けを認めると年下のくせに勇敢なやつだなどと認められ安心したような気の抜けたような気分がした。本当は勇敢なんかじゃなくて泣くのが怖かった。一人二人と仲間が泣いてしまうと最後は自分の番だった。泣くのだけは御免だったからためしに謝ってみる。 以外と許してもらえたりして拍子抜けしたこともあった。

今思うと野蛮な遊びが当たり前だったような気がする。 野球などの球技に夢中になる子もいたけど、虫か戦争ごっこやイジメが好きだった。 イジメとはガリ勉君をきにくわないという理由だけでリンチにしたり、転校生をなまいきだなどと言って石を投げ付けたり、ハーフの子を顔が変だと言って家までつけたり、セッカンしてしまったり、米軍基地宿舎にいる外国の子に戦争に勝ったからといってなめるんじゃねえと石を投げ付けたりといったたぐいだ。今思うとヒドい。別に相手が嫌いとか憎いとかではないのだ。それより好奇心とエネルギーの発散だったような気がする。

今では涙もろいし喧嘩なんか怖くてとんでもないけれど、子供の頃の事はつくづく不思議だ。

                                       

|

« 脱線記Ⅱ 原始人になってみた | トップページ | 私のようなジャズファンてもう少ないなあ (独り言) »

コメント

金剛です。本郷ではありません(笑)
いや~、昨日は本番前の居酒屋で盛り上がりましたね~。
日本昔話、貧乏編、喧嘩編、いじめについて、2B、テレビ、貰い湯に銭湯。など等
又宜しくです。
貧乏自慢話の会!?

投稿: congo | 2006年3月27日 (月) 16時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/20122/1181176

この記事へのトラックバック一覧です: 脱線記Ⅲ サックスの金剛夫婦、ドラムの大沼、ボイスのサガユキらと演奏前に :

« 脱線記Ⅱ 原始人になってみた | トップページ | 私のようなジャズファンてもう少ないなあ (独り言) »