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2006年2月18日 (土)

おっくうだ!おっくうだ!

風呂に入るのも散髪するのも歯を磨くのも掃除するのも整理するのも仕事とるのもギター磨くのも弦張りかえるのもアンプ治すのも・・・・おっくうだおっくうだおっくうだ。

妄想はおっくうじゃあない。 無限だし自由だし動かなくてもいいから楽チンだ。  口と肛門が今日から逆になりました。  ですから、これからは食事するときにパンツを脱ぎます。  逆立ちして歩いていると手がだんだんと足のようになり、足が痩せて手のようになります。チンチンは潜望鏡のように自由に動いていてレーダーのような役割も果たすようになります。  ただウンコする時は慣れていないので最初はつらいかもしれない。 いつも目と鼻の先です。 ウンコが硬くて出にくい時は以前と違って苦労しません。 なぜなら、歯があるからです。 歯でかみかみすればいいからです。 もし美味しいウンコの時はまた食べちゃえばいいのです。

このような光景を絵に描いたらと思うと、あまりにも馬鹿げていて想像しただけでゲテゲテ、オカシ気持ち悪い。

なぜかこうして口と肛門の役割を逆にしても生きて行けるような気がしてならない。 ゲテゲテ、ゲテゲテ

                                               

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コメント

ども。Gの山口さんに音楽のお話を多少きかせてもらいました、以前。

所謂、即興、というのは演奏家にとってはともかく、聴取者(というのは音楽にとって必要なの?)にとっては価値でも何でもない、と、私は思っているのです。だから。。

A 夕べオンエアされた、Katoの即興ソロ、えかったなあ!やっぱし音楽は即興でなきゃ!!

B ん?あれ、Kato氏が楽譜を見ながら演奏したんだぞ。Monkの翻案だよ。

A なーんだ、つまんね。

ベートーベンでも最初に楽譜を書いたときはインプロヴァイズ、といえるのだろうか?音楽とは、たとえ、楽譜がない場合であっても、瞬間芸術ではありません(そも、記憶のない芸術、というのはあり得ないが)。数秒とはいえ、演奏者、視聴者のメモリに残らなくては音楽になり得ない。即興、というのは、内野手がゴロを処理するとき、なにも考えない、というのに等しく、じつは、長年しみついた技の一変奏、と言う気がします。。。

ああ、また、プロの前でクダまいてしまった。

投稿: yam | 2006年3月11日 (土) 10時01分

インプロの話はやる人の個人史です。自分の場合は幼い頃からの見たもの聞いたもの感じたもの知った事考えた事と密接です。二十代半ばから自分探しと自分発見がおきました。歳とともに様々な感情、想い、考えが加味され多少変化を伴いながら今日にいたっています。その内容は長くもなりえます。お会いしたときにでも話せたらさいわいかなです。YAMさんへ。君は誰?

投稿: 加藤 | 2006年2月28日 (火) 20時45分

みみず、は口と肛門、どっちがどっちか、わかんなくなるときがあるらしいすね。両方から泥を吸い込んだりしてドッジボールのようにパンパンになったミミズをみたことがあります。スイッチオン、で両方を肛門にすればいいのです、ね。

ウンチ、がバッチい、というが原料は食い物以外にない、のでしょうが?バッチイものを喰った己が悪いのだ。

インプロビゼーションのおはなし、聴かせてもらいたくおもいます。音も、ウンチと同じ、喰った物、しか出てこない、とおもいます。

投稿: YAM | 2006年2月27日 (月) 11時47分

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