2008年7月22日 (火)

お楽しみセッションとレコーディング

最近、昔の仲間の関係で
これまでとはまた違うミュージシャン達とのセッションレコーディングに参加している。

彼らはずっと有名な歌手のサポートやスタジオワークを専門にやってきたミュージシャン達でその世界では筋金入りだ。

みな初見に強くタイトなリズムに豊富なポップセンスを持ち合わせている。

僕はその中で好きに泳がしてもらい遊ばしてもらっているみたいなもんで、日頃演奏している時のエフェクティブな効果音などで遊んだりロックギター弾いたり。

内容はファンクやロックだったりボップ調だったりしてなんだか可笑しい。

年齢は皆五十歳を超えていて同じくらい。
違う音楽人生を歩んできたプロフェッショナル達との交流もこの歳になると新鮮で刺激にもなる。

人生におけるこのような新しい流れや出来事も自分らしくて可笑しい。

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2008年7月19日 (土)

明日は祖師ヶ谷大蔵のムリウイにて夢デュオ

歌のシューミーとは月に一度くらいこのデュオをしている。

ルバートやVERYSLOWなバラード、フリーからボッサにわたるオリジナルのレパートリー。
無駄のない静寂の中で気分のおもむくままイントロを弾く。
イントロは一人だけの貴重な儀式。
やがで歌が加わり第二楽章。
第三楽章は再び私の責任重大な自由時間。
やがて歌を迎い入れて第四楽章。
底にただよう静寂と穏やかなバイブレーション。時に熱く時に優しく時にクール。
泣いて笑って不安にもなって時には投げ出したくもなり傷つきもする人生の中でのかすかなる夢と希望。
捨てる神あり拾う神あり!

縁とは摩訶不思議!縁はいつ不意におとづれて、いつまた突然消えてしまうともかぎらない。
壊れる縁は壊れるし壊れない縁は壊れない。
縁も行き着くとこは天上界と周りの皆様のお陰だと思う。

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2008年7月18日 (金)

夜中のひと時

夜中、憩いのひと時。
今日もアンバートンを聴きたくなった。

アンバートンはもう25年以上も昔のことだけど、自分が唯一足を運んで聴きに行ったことのあるジャズ歌手だ。
一度は中野サンプラザホール。もう一度は吉祥寺のサムタイムだった。

アンバートンはヨーロッパの女性歌手。
サムタイムで一度挨拶をしたことがあった。
その時彼女からすぐさま微笑んだ笑顔がかえって来たのを覚えている。
アンバートンはとてもきゃしゃで小柄で歌同様に優しい感じの人だった。
もう何年も前に彼女は他界してしまい、とてもがっかりした覚えがある。

ルイスバンダイクトリオの伴奏で力の抜けたバラードが何曲もたんたんと続く。

聴いているとえもいわれぬ優しい気分になってくる。

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2008年7月12日 (土)

鈍痛と激痛の日々

ァヤー まいる!
家にると五十肩がひどくて動けないから寝転びながら始終体勢を入れ替えてごろごろ。
ごろごろして食ってまたごろごろ。
ごろごろ生活二ヶ月目、なんだかお腹がたるんできてしまった。

なぜかステージでギターを弾いている時は痛みを忘れているものの、たまに調子に乗って左手でギターを叩いては激痛にウッ!
あーなんて馬鹿な事を、などと思っても時すでに遅し。

とはいえ、ライブでギターを弾く幸せには五十肩の痛みも勝てないわけで、「わかったか!五十肩!俺の音楽快楽には勝てんぞ!」

さて、家に帰ると待ってましたとばかりに五十肩痛の反撃開始。「ウェッヘッヘ!どうだ加藤痛いだろ!」

トホホ!
「勘弁して下され五十肩様、みんな加藤が悪いのです、どうか見逃して下さい」

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2008年7月10日 (木)

もう今年も後半戦

半年があっという間にすぎてもう七月。

数年前からギターアンプを使わないでガットギターを弾くのがたまらなく好きになってしまったせいか、大音量のグループやドラムとやる機会が減ってきた。
その代わりガットギターソロや歌手とのデュオ、ブラジル音楽関係など小編成のライブが少しづつ増えているような。
これもなんとなく自然の流れのような気もしている。

フリーもインプロ系もあまり自分にとってやりにくかったり納得いかないいと感じるセットは、たまに引き受けたライブを楽しむくらいで以前ほどはやっていない。

自分のリーダーとしての活動はガットギターのソロかエレクトリックギターのソロ、それにFISというインプロセッションと年に二三回のエレクトリック渦くらい。

そんな中で、今日は以前から注目していた澁谷盛良というベーシストとのデュオだった。

彼は温厚で優しくて自由なマインドの持ち主。
アンプを使用しない彼のハートとベースの音色は僕のガットギターと絶対にハモると思ったのだ。
人と人がハモるという現象は楽器が上手いだけじゃあ上っ面でしか成り立たない。
その人がいかなるマインドの持ち主でありいかなるハートの持ち主であるか、という事の方がはるかに重要であり大きい。
と僕は考える。
しかも澁谷はフリーに向いているんじゃないかと予感していた。

今日は一曲スタンダードを演奏した以外はオリジナルをやってみた。

嬉しいことに澁谷のフリーはとても良かった。
うーん、やはり思ったとおり。

このセットはまたやりたいなと思った。

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2008年7月 4日 (金)

夜中

昨日8時間以上教えてギターを弾きまくったというのに、夜中にまたごそごそとギターを弾いてしまった。

童謡を数曲。
8月にお袋の入っている施設で遂にソロギターを弾く。
どうなるかはわからないが今から不安とワクワクで楽しみだ。

今日も予定では10時間教える事になっている。恐らく教える時にギターも弾きまくるからちょっと弾き過ぎかも?

生徒に弾かして見ているのは好きではないのだ。
だからセーブできなくてどうしても一緒にギターを弾いてしまう。
おかげで帰る頃には腕はガタガタ状態。
次の日の朝起きるともっとガタガタ。

これじゃ五十肩にいいわけがない。

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2008年7月 2日 (水)

オフとリセット

今度は秋葉原で唾を吐きまくった男性が捕まったらしい。

人の持つ不満や憤りのエネルギーがこんな形で外に向かうのはあまりにも寂しい。

秋葉原はずっと電気製品やオーディオの部品関係専門の街だったのに巨大化して化け物のような街になってしまった。
街が活性化したのはよいが化け物とかした人間までもが来るようになってしまったのか?

東京は世界的に見ても類のないくらい巨大な街で、街自体が化け物と言ってもいいくらいだ。

せめていたる所に広い草原があったり大きな森や林があったらいいのに、と思う。

こんな化け物みたいな巨大な街にいると、本来はいろんな喜びや幸せがあるはずなのに幸せ感覚が麻痺してしまいそう。

今日はオフだったので久しぶりに散歩して木や植物の臭いを嗅いだり、その波長に触れてみた。

自分は元々たくさん人のいる大きな街にいて、まるで先を争うかのような目まぐるしい音楽活動をしているよりも、ゆっくり森の中で自然と波長を合わせている時のほうが自分の魂にとっては真の幸せを感じる。

人間のたくさんいる世界と違って自然界には嘘がなくて病んでいたり勘違いなバイブレーションもないのである。

そんな自然のバイブレーションに触れていると、揺れ動きがちな表の自分は沈まって来るから本来の魂は静けさの中で次第に落ち着きを取り戻して行くように感じる。
すると今度は逆に本能の方も活性化して来るような。
そんな時、自分の魂はニコッとして「これっ、これですよ。私はこれを待っていましたよ加藤君」と言っているような。

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2008年6月30日 (月)

夜中の一時

六本木スーパーデラックスという所でギタリスト二十人によるセッションがあった。
まあ、言ってみれば珍しい祭りみたいな企画だ。
いろんな世代いろいろな音と個性に出会えて楽しい一日だった。
客も立ち見が出るくらいの超満員。人、人、人。

帰って来て洗い物を済ませてからの夜中の一時。
なんとなくCDが聴きたくなった。
高校時代から好きで聴いているアンバートン(ボーカル)をかけてみた。
うーん、アンバートンは無駄と飾り気や大袈裟なとこがなくて優しい。
今日みたいな仕事の後はひたすら気持ちよく、ただただ癒される。

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2008年6月19日 (木)

嬉しい出来事!

生徒夫婦に子供が生まれた。
二人は今、厳しいジャズの世界で頑張っている。

最近ちまたでは暗いニュースが目白押し。
そんなおり この若いミュージシャン夫婦に子供が生まれたというニュースはなんとも心暖まる出来事。

同じような世界で頑張っているミュージシャンたちは皆どこか同じ星の親戚みたいなところがある。
二人を心から祝福します。

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2008年6月17日 (火)

6月25日(水曜) 新宿ピットインにてエレクトリック渦のライブあり!

新宿ピットイン
03-3354-2024
開演は午後8時頃
チャージは三千円

メンバー
加藤崇之(ギター)
SHOOMY(キーボードとボイス)
つのだ健(ドラム)

によるフリーインプロビゼーション。

昔から演奏中に起きるテレパシックな出来事が特に好きで、気持ちも良く快感を感じていました。そしてそこに着目していました。

山感一発で何故かうまくいく瞬間。不思議と通じ合う瞬間。なんの説明もないのにピタリと合う瞬間。気がついたら出来ていた。なんの疑いも無く出来た。
そんな瞬間に特別な快感を感じていました。

こんな時は何も伝え合わなくても上手く行く。
何も決めなくても上手く行く。
だから力みなく気持ちいい。
見えない何かを信じているような感覚。
もはや、仕切る必要もなく力づくで捩伏せる必要もない。

三十歳を過ぎたある時、円盤研究家であるジョージアダムスキーの「生命の科学」という本に出会いました。
その本には想念のことが説かれていました。
つまりテレパシーの事です。
私は「やっぱりそうなんだ」と思いました。自分の描いていたイメージは間違いではないと思い、それまで抱いていた自分の感覚に確信を持ちました。

それ以来、何も決めない始め方と、互いに終わりだと感知した時に終わる、というやり方にこだわって演奏しています。

私は決して特殊な能力があるわけでもなく、テレパシー能力が高いわけでもないのです。
だから未だに失敗だってします。
テレパシーへのこだわりと思いは、時には理解されなかったり、まるで通じなかったりしながらも長い年月こだわって演奏しています。
これは渦コンセプトを始めて以来づっと持ち続けている目標や目的のうちの一つなのです。

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«今度は左肩が五十肩になってしまった。